量子について詳しく尚且つ解りやすく教えてください。辞典で調べたんですがイマイチ分からないかったので。よろしくお願いします。
つhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8
素粒子=粒子じゃね??
>>2
つまりなんだ?
量子力学(りょうしりきがく、独語:Quantenmechanik、英語:Quantum mechanics)は、電子、原子核などの間の微視的現象を説明する物理学の理論である。電子の運動などの粒子的解釈と波動的解釈、「粒子の位置と運動量は同時に測定することができない」とする不確定性理論や、「導き出される結論は粒子状態の存在確率である」とする確率解釈などを理論の柱とする。それまでに確立していた決定論的な物理学とは異質であるため、理論が提案された20世紀初頭にはその解釈をめぐって大論争が展開された。確率解釈を嫌ったアインシュタインは、「神はサイコロを振らない」という言葉を残したと言われている。1925年のシュレーディンガーによる波動力学と、ハイゼンベルクの行列力学の提出を受けて量子力学の基礎が完成した。
量子力学を基にして、それを手段として用いる物理学分野全般のことを、量子物理学(Quantum physics)と言う。これには物性物理学のほとんどの領域、素粒子物理学、核物理学など広範な分野が属する。
量子力学的な概念を含まない物理学を古典物理学と称する。量子力学では、理論にプランク定数が登場するが、プランク定数を 0 へと漸近させた極限は、古典力学を導出する。
なお、古典物理学の対義語として、現代物理学という言葉を使う場合は、量子力学と相対性理論の2つを指す。量子力学と相対性理論を合わせた理論(量子重力理論)は、いまだ完成されていない。
量子という概念は、光の研究から生まれた。
光とは、粒子なのかそれとも波なのか?という議論があったわけ。
最初は光は粒子であるという説(ニュートンなどによる)が有力だったけど、そのうちに、光が波である証拠が見つかったわけな。
それは何かというと、光の干渉、回折という現象が実験によって示されたこと。
理論的にも、マクスウェルによって、光が電磁波であることが示された。
そして、ヘルツによって、電気と磁気の波が空間を伝わることが実験で証明されて、光は波であることが明らかになったわけ。
ところがさ、光が粒子である証拠も見つかったわけよ。
それは光電効果という現象。
つまり、光は波であると同時に粒子でもあるということですな。
そうした性質を持つモノを量子としたというわけ。
もう少し詳しく書くと、量子という概念は、プランクの黒体放射の研究から出てきた概念なんだ。
どういうことかって言うとさ、光のエネルギーの大きさは、連続的に変化するんじゃなくて、デジタル的になっているってことなのね。
最小の単位があって、その整数倍の値しかとれない、トビトビの値しか取れないってことなんだ。
こう考えないと、実験結果を上手く説明できないんだよ。
この「トビトビの値しか取れない」って考えが、画期的なことだったわけ。
>>5
二箇所間違い。
実に、飛び飛びの値という表現がくせ者ですな。ヒルベルト空間は稠密なので。
よく量子というのは粒子と波動の二重の性質をもつと言われるけど、これがよく誤解される。つまり量子は粒子であり波動であるという解釈。これは間違い。量子は粒子でも波動でも「ない」。
もの(物質に限らず)はポテンシャルのもっとも小さなところを動きまわる。ところが、この道筋は何らかの要因で一つに決まるわけではなく、同時に複数の経路を持つという芸当をやってのける。これが、量子の性質である。複数の経路といっても一定の制限があって、これがちょうど波の動きに似ているものだから、量子の波動性といわれている。
あ〜
書くのめんどくせ
>>7
まあ、厳密に説明しようとすれば、そういうことだが、スレ主が要望している「解りやすく教えてください」という観点からすると、どうなのであろうか?
厳密さにこだわるのなら、数式を持ち出す必要があるのだが、はたしてスレ主さんに対する説明方法として適切であろうか? 疑問
わかりやすく説明すれば
よくわからんが、こんなもんだと思って適当にやってみたら、うまくいった
というわけで(^^ゞ
要は、しがらみの少ない世の中ではものの動きを知るには統計的な手法が必要ってだけの話です。しがらみが増えてくると、量子の性質はたちどころに消えてしまう。だから難しい。僕らはしがらみの多い世の中に慣れてるからね。
つまり、解り易く教えることは不可能だ。誤解したいのでない限りは。。。。て感じかな。
最低限の数式で一番分かりやすい方法は、シュテルン・ゲルラッハの実験について(スピンとは何かを深く考えずに)整理することだろうね。誤解なく量子について知るには
「観測とは何か」「観測の準備とは何か」「状態とは何か」「純粋状態とは何か」…ということから考えないといけない。これらについてはボルンの説明が一番即物的で分かりやすい(もっともモダンな解釈ではないが…)。ただ物理屋だってこのへんはあらかた理解せずに使ってるくらいだから、どーでもいいものではあるし、書くのがめんどいというのはそういうことです。
う〜〜〜〜〜んと。。。。
やっぱり、万人向けには「ヤケドするから手を出すな!」かなぁ。
いや、だからさ、入門者向けの説明としては、多少厳密さを犠牲にしてでも、比喩的表現を使って視覚映像化しやすいイメージで説明した方が良いんだよ。
いきなりシュレーディンガーの波動方程式なんか提示したって、理解しろって言う方が無理だと思うぞ。
まず、興味を持ってもらって、何となく解かった気分になってもらって、それから「実は厳密にいうと、こうなんだよね〜」という展開でしょ?学校で習う時だって。
>>7
>実に、飛び飛びの値という表現がくせ者ですな。ヒルベルト空間は稠密なので。
表示の項数は可算の場合がありますからね。
単純な微分なんかは連続濃度の固有値を持つわけで。
項が可算であっても、たとえば係数に0〜1の有理数を稠密に与えることは
適当な領域においては可能ですね(0<|x|<1とか)。
もっとも、それに何の意味があるのかはよくわかりませんし、
それがシュレディンガー方程式を満たすかどうかも知りませんが。
たとえば有名な二重スリットの実験なんかでも、観測される値の分布は
「トビトビ」ではないですね。
トビトビであることが本質的なのではなくて、
状態が観測しようとする物理量の固有状態に変化するということが
本質的なのだと思いますが。
どうして量子論が考えられたのか、ということについての説明であれば、
トビトビ云々は本質的ですが。
>>14-15
そうそう
>>13
まぁ、言いたいことはわかる。ただ、この言葉が原因になって勉強していて訳がわからなくなることがある。
固有状態とそれに対応するエネルギー等の物理量(固有値)がある(必ずしも飛び飛びの値ではない)。
言い換えると、エネルギーはそれに対応する振動数の調和振動子hωとして扱うことができる。
さらに言い換えて、
二つの振動数に対して
∫sin ω_i sinω_j=δ(i,j)
なので、エネルギーは対応する振動数を下から数えあげてラベリングできる(それが現実的に数えられる数かどうかは考えないけど)
E_i=hω_i
そして、量子は位相空間上の一点では表せない。
これを理解することがミソになる。最初のうちは。
>>16
だからさ、スレ主さんが、それをイキナリ理解できると思う?
ものには順序ってものがあるでしょ?
>>17
では、>>0さんは波を理解していると思いますか?
波というのが現象だということはきちんと理解できているのでしょうか?
詳しく知りたいのならば、数学的概念を避けるべきではないように思いますが、
やはり本質は「状態が観測しようとする物理量の固有状態に変化するということ」だと思いますが。
>>18
それならそれでもいいけどさ、だったらスレ主さんにも理解できるように、アンタが順を追って分かりやすく説明してあげたら?
どんなふうに説明するのか、俺も興味があるから、期待してるよ。
さあ、遠慮なくどうぞ。
量子力学についてのそもそもの問題は、古典力学を理解していないのに量子力学を理解しようとする人間が多すぎることだ。運動しうる経路は古典力学が(完全に記述できるわけではないが)暗示する。量子力学はそれらの経路(をラベリングして)のうち、統計的にどの経路をとるかがわかるというだけにすぎない。物理屋向けならファインマン・スタイルで系のハミルトニアンを記述する方法から始める方法は難しいが、いちばん誤解が少なくわかりやすい。
逆に、文系な意味を求めるなら、ボルン風に状態とはなにかを切々と書くしかない。詳しくかつ解りやすくとスレ主は主張してるんだ。ならば詳しく知るうえで通過する落とし穴を予め伝えておくのは親切だろう?
ただ、実用的な話(物理屋以外)をいやぁ、量子力学なんかいっこも理解していなくても使えるんだよ。
証拠に、電子工学の本のほとんどは嘘だらけだ。陳腐な電子工学の本に書いてある量子力学の説明なぞ、百害あって一利なしだから理屈抜きで公式だけ覚えておけばいい。それなら、説明もいらない。
そのレベルであれば、量子はただ単にエネルギーは振動数ωをもつこと、不確定性、あとはド・ブロイの公式だけを覚えておれば良いだけだ。化け学なら、量子力学なんかより積分方程式の数値解法でも理解したほうがよろしい。それだけで、量子力学が解ったような気になるから幸せだ。
理由は知らん。世の中そうなっとる。
>>20 まあ、まったくその通りですね。
半年ほど前に、文系の人への説明として画期的ではないかと思われる説明を思いついたので、載せておきます。
---
具体的には、波束の収束ないし収縮といわれる現象について、
あなたは「本当の粒子」になることを想像しているように受け取れますが、そうではありません。
量子力学で言う波束の収束とは次のようなことを意味します。
すなわち、今十進数で25と表現される数は、ほかにも二進数や三進数で
25=1*(2^0) + 0*(2^1) + 0*(2^2) + 1*(2^3) + 1*(2^4)
25=1*(3^0) + 2*(3^1) + 2*(3^2)
などと表現されます。もともと25という表示すらも、
25=5*(10^0) + 2*(10^1)
を意味しているわけで、更には
25=0*(5) + 1*(5^2) であったり、
25=1*(25) であったりします。
さて、今25をψと書くことにします。ψを上のようにn進数で表すとき、
(n)ψと書くことにします。
今ψという文字を使ったことで察することができるように、
量子力学においては今25を用いて説明しようとしたものが波動関数にあたります。
そして、波動関数にはたくさんの表示がある訳です。
いま(n)で表したものが、ψに対する演算子(作用素)のアナロジーになっています。
つまり、(n)はたとえば運動量や座標といった物理量に対応する訳です。
いま仮に(2)が座標を表し、(3)が運動量を表すとします。
このときの観測の意味は次のようなものになります。ψの座標(2)を観測すると、状態は
1,2,4,8,16,32,64,128,256,...(2のべき)のいずれかに移ります。
これらの状態に遷移する確率は、ψを2進表示した際の係数によって与えられます。25においては、
25=1*(2^0) + 0*(2^1) + 0*(2^2) + 1*(2^3) + 1*(2^4)
なので、2^0が表す状態に遷移する確率、2^3が表す状態に遷移する確率、
2^4が表す状態に遷移する確率がそれぞれ等しく1/3になります。
一度観測が行われると、続けて(2)についての観測を行っても、
確定的に同じ値が取り出されます。それはたとえば上で述べた
25=5^2という関係を考えれば、25に(5)を行っても5が確定的に取り出されるのと同値です。
ここで、座標という物理量としては、2^mのmにあたる値が観測されるとします。
すなわち、状態が2^0に遷移すれば座標として0が、
状態が2^3に遷移すれば座標として3が、
状態が2^4に遷移すれば座標として4が得られるわけです。
このような性質を指して、粒子性と表現し、n進表示で一つしか項がないことをさして「収束」と呼ぶわけです。
さて、(2)を行った後に状態2^3=φに遷移したとし、次に(3)を行ったとします。
φは(2)については確定的な状態ですが、(3)については確定的な状態ではありません。
というのも、8=2+2*3だからです。
このように一般に、今のアナロジーでいえば、座標が定まったときには
運動量が定まらない場合「も」あるわけです。
実際の量子力学においては、「必ず」座標が定まったときには
運動量が定まらないことがわかっています。
このアナロジーを通して、ある物理量について収束している波が、
ほかの物理量について収束しているわけではないということが理解できたでしょうか。
ある物理量について一つの項で表される状態になるからといって、
ほかの物理量については一つの項で表される状態にあるとは限らないわけです。
したがって、あなたが粒子性という実態に対して
「その「瞬間」には任意の物理量が固定的に存在するような対象」を思い描いているとすれば、
それは大きな間違いであり、量子力学的な考え方では「常に」
ある量については粒子的(確定的)に振舞うが、その他の量については粒子的に振舞わないのです。
これがコペンハーゲン解釈です。
コペンハーゲン解釈においては、たとえば波の「実在」を考えることもできます。
検出が粒子的に行われるとしても、波としての実在性には何の問題もないわけです。
ただし、アインシュタインが仮定した実在の条件の達成のためには、
粒子的であることが要求されますがね。
ただし、>>21は「演算子が物理量に対応している」という、
おそらく多くの人にはちんぷんかんぷんであるだろう事実が説明できていない
というところには難がありますが。
この辺をきちんと説明するためには、数学とモデルの関係を
きちんとおさえねばならないように思います。
まあただ、「実数は実在して複素数(虚数)は実在しない」などという標語が
あまりに一人歩きしすぎているのを見ると、下手な標語を与えることは
罪なのかもしれない、と思いますね。
勝手に自分の中で積み上げた言葉で考える人の、なんと多いことか。
定義はきちんと参照しやがれー。
やれやれ、そんな説明で理解できちゃう「量子論入門者」がいたら、お目にかかりたいもんだ。
未だに勘違いしたままだったとは、、。
位置xにおける波動関数をψ(x)で表すと|ψ(x)|^2は粒子が
xという位置に存在するという確率を表す、という話を
知らないわけではないでしょうに。
>>21だけを読むと、
まるで波動性と粒子性のデュアリティを知らない「文系の人」に
sunsur氏が説明してあげているだけの話であるかのような誤解を生じるので
そのやりとりのオリジナルも提示するのが筋でしょう。
現実とは何ですか?
>>24
では、ψ(1)=1/2のとき、x=1である確率は1/4なのですか?
現実とは何ですか? は長いスレで、最初から読むと[6]〜[12]で既に嫌になりますが、
equilibriumさんが挙げているのは、たぶん、[219]辺りから始まる両氏の一連のやりとりの事です。
そこに登場する'quatre'は、sunsarさんの旧名です。
[238][243]辺りから、特に[279]以降が、今回の話に関連が深いと思われます。
波動関数の意味に関する両氏の対話は、また別のスレにあったような気がしますが、
どこだったでしょうか?
量子力学について少しでも質問すると、すぐに黙ってしまうのです。
>>25の問いの意味を理解するためには、確率密度の概念を勉強するとよいでしょう。
>>26
注釈をつけるのが仕事では?
>>27
下らない質問ばかりするから黙るしかないのです。
人に聞いてばかりいないで自分で調べましょう。
>>28
質問には素直に答えたらどうですか?
脚注を付けてみました。(^^;
>>25は、
{∫[x∈S] |ψ(x)|^2 dx} / {∫[x∈全空間] |ψ(x)|^2 dx} = 1/4 のとき、
x∈S である確率が 1/4 ということですね。
確率密度のつもりで、つい「確率」と言ってしまう人は多いと思います。
間違いには違いありませんが、単なる不注意で、わかってない訳ではないでしょう。
他人の過去のミスは、あまり論わないほうが…
>>30
いや、たぶん本当に分かってないと思いますよ。
最後のほうの主張は本当に滅茶苦茶だったので。
>>26
御礼が送れて申し訳ありません。
本来ならば私のすべき作業を替わって御説明戴き、
有難う御座いました。
>波動関数の意味に関する両氏の対話は、また別のスレに
>あったような気がしますが、どこだったでしょうか?
ありません。
>>29
いいえ。意味のない質問には答えません。
時間の無駄です。
>>31
では、その「最後のほうの滅茶苦茶な主張」を
ここにはっきり示して下さい。
どのように滅茶苦茶だとあなたが思うのかも
はっきり書いて下さい。
たとえば、
[394]equilibrium 07/04/20 00:17 NbMiECF39Q1より
とにかく、波動関数が表しているのは波ではなく粒子の物理量です。
これは量子力学の基本なのです。そうでないと言うなら
それをはっきり否定する学術サイトを提出して下さい。
何度も同じ事を言わせないで下さい。
>>33
どのように滅茶苦茶だとあなたが思うのかも
はっきり書いて下さい。
>>34
量子力学では、物理量は演算子に対応しています。
それは、普通に量子力学を勉強すればわかることです。
というか、単純に>>24であなたが言っていることと矛盾します。
>波動関数が表しているのは波ではなく粒子の物理量です。
>波動関数をψ(x)で表すと|ψ(x)|^2は粒子が
>xという位置に存在するという確率を表す
波動関数は、物理量を表しているのですか?確率を表しているのですか?
まあ、波動関数は「状態」に対応するのですがね。
さらに丁寧に言えば、波動関数の値は、確率密度を与えるわけですが。
>>35>>36
誤解の原因が見えてきました。
どうやらあなたは私の言葉尻を捕まえることに必死になりすぎて
どんどん議論の本質から離れてしまったわけですね。
確率と確率密度に拘る姿を見てはっきり確信しました。
それならば、引用を並べ立てるしかありません。
『この標準的な確率解釈の問題点は、観測と言う行為も明らかに物理現象であるにも関わらず、観測による波動関数の収縮をSchrödinger方程式では記述できないという点にある.この点に関してはいくつかの考え方が提案されているがまだ完全には解決されていないように思える。これを量子力学における観測の問題と言う。』(http://maverick.riko.shimane-u.ac.jp/files/quant3b/node2.html)
『この困難を避けるために、Bornは下のような確率解釈を提唱した。そのため、波動関数 を確率波とか確率振幅と呼ぶことがある。この確率解釈が現在では に対する正しい解釈と考えられている(コペンハーゲン解釈).しかし, これに対して,いろいろなパラドキシカルな議論(EPRパラドックス、シュレディンガーの猫など) が提出されて,厳密な意味では量子力学の未解決な部分である.特に、 Einsteinは確率を基本原理に採り入れることに強く反対し「量子力学は不完全 である」と主張してBohrと論争したことは有名である。しかし、Einsteinの指 摘は量子力学の本質的な問題点をついており、彼が著者の一人である上の「EPR パラドックス」についての論文(1935年)は物理学の中でも息の長い論文として有名で、今 でもしばしば引用されている。 これを,量子 力学に於ける観測の問題と言う。』(http://maverick.riko.shimane-u.ac.jp/files/quant1f/node10.html)
>>38
>観測による波動関数の収縮をSchrödinger方程式では記述できないという点にある.
これのどこが、あなたの主張した「パラドックス」なのですか?
たとえば、量子力学が完全な理論でないことなどは、
それが相対論を含む枠組みでないことから明らかです。
僕は、そのような自明なことについて反論しているわけではありません。
そもそも、あなたは「パラドックスがある」と主張したのです。
いま紹介している文章のどこがパラドックスを示しているのですか?
また、どこに波動関数が状態であることを否定するような記述があるのですか?
手元の量子力学と経路積分(R.P.ファインマン/A.R.ヒッブス,北原和夫訳,みすず書房)より、
系が状態ψにある、という言い方をすることがよくある。これは、系が波動関数ψによって記述される、ということの言い換えに過ぎない。
丁寧に読めない人のために。
>いろいろなパラドキシカルな議論(EPRパラドックス、シュレディンガーの猫など) が提出されて,厳密な意味では量子力学の未解決な部分である.
「いろいろなパラドキシカルな議論」は、それが理論的にパラドックスをもつという意味ではありません。
厳密な意味で未解決であるというのは、単純な理論の限界を示すだけで、
理論が内的に矛盾しているという意味ではありません。
>>39
あなたとこの話題が始まったのは、存在と認識の問題について
「量子論の解釈問題を哲学的に考えて見るとか」(現実とは何ですか?[219])
という私の発言がきっかけでした。
私がこう言ったのは、あなたも解釈問題の重要性を
知っていると思ったからです。
しかし、あなたは知らなかった。
それがわかった時点で、私はあなたとの遣り取りを
さっさと打ち切るべきだったのでしょう。
>>41
>私がこう言ったのは、あなたも解釈問題の重要性を
>知っていると思ったからです。
>しかし、あなたは知らなかった。
何を言っているのですか?
あなたは、「量子論の解釈問題を哲学的に考えて見るとか」と、
解釈問題を考えるのではなく、それを哲学的に考えることを提案したわけです。
僕はその提案に対して、たとえば解釈問題がどのように貢献したかではなく、
哲学的に考えることがいかに無駄であるかを述べたにすぎません。
返答を抜き出すと、
量子力学の哲学的解釈など全く有用ではありませんし、そもそも日常の素朴な論理が量子のレベルで正しい訳ではありません。
しかし、数学的表現を用いたところで、あなたたちは素朴な論理と素朴な直感を用いて解釈しようとするだけでしょう。
例えば排中律は直感論理において成立せず、その意味で必然真でも何でもありません。
そもそも量子力学を「解釈」しようとするのは、古典的な代数(実数と素朴な論理)でしかものを考えられないからであって、
量子力学における代数系(関数/行列系)を理解すれば、単に我々の一番身近な代数で量子力学を語ろうとするのが誤りであるということが分かります。
あなたたちにもわかりやすいであろう言葉で言えば「世界を我々の既知の感覚のみで説明できる保障はない」のです。
そもそも、あなたが先ほど引用したページにおいても、
>形而上学的な議論となりがちで余りみのり多 いものではなかったが,観測技術の進歩により,実験的裏付けをもった議論が なされつつある.
とはっきりと書いてあるわけで、「現場の人間」は、
あなたたちが考えているような「哲学的な」考えには意味がないと思っているわけです。
>>39
>どこに波動関数が状態であることを否定するような記述があるのですか?
波動関数が状態であることを否定するという話ではなく、
波動関数で表される物質波が(波の形を取って)実在しないと言ってるのです。
>>40
「理論的にパラドックスをもつ」という意味を、「理論が内的に矛盾している」
という意味だとあなたが思い込んでいるから、パラドクスなんかない、という
発言になるのです。
しかしパラドクスという言葉の意味はそれだけではありません。
そのことは前にも他のスレで話題になったし、あなたもある方から指摘された
でしょう。議論の本質は何かということを落ち着いて深く考えられるように
ならなければだめです。
>>42
>あなたは、「量子論の解釈問題を哲学的に考えて見るとか」と、
>解釈問題を考えるのではなく、それを哲学的に考えることを提案した
そもそも哲学カテで存在と認識の問題を論じているところに
「量子論の解釈問題を哲学的に考えて見るとか」と言うのは
あまりにも当然でしょう。
それに対して「量子力学の哲学的解釈など全く有用ではない」と
あなたが言った時点で、あなたは解釈問題の重要性を知らないと
いうことを表明したのです。だから、その時点で私はあなたとの
遣り取りをさっさと打ち切るべきだったと言ってるのです。
「何を言っているのですか?」は私のセリフです。
>日常の素朴な論理が量子のレベルで正しい訳ではありません。
「日常の素朴な論理」って何でしょう。妙な事を言いますね。
>数学的表現を用いたところで、あなたたちは素朴な論理と素朴な直感を用いて解釈しようとするだけでしょう。
あなたたちって誰でしょう。
書かれた数式が何を表現しているかわかるように説明すれば、
誰でもそれを理解することができます。
何であれ、相手にわかるように説明することはコミュニケーションの
基本です。相手にうまく伝わらないとすれば、それはその数式や文章を
書いた本人の説明がヘタだったという可能性が大です。
>>形而上学的な議論となりがちで余りみのり多 いものではなかったが,観測技術の進歩により,実験的裏付けをもった議論が なされつつある.
>とはっきりと書いてあるわけで、「現場の人間」は、あなたたちが考えているような「哲学的な」考えには意味がないと思っているわけです。
「形而上学的な議論となりがち」だった議論が
すなわち「量子力学の哲学的解釈」の全てではないでしょう。
形而上学すなわち哲学とでも思い込んでしまっているのですね。
「あなたたちが考えているような哲学的な考え」とは一体何でしょう。
>>43
>波動関数が状態であることを否定するという話ではなく、
>波動関数で表される物質波が(波の形を取って)実在しないと言ってるのです。
波の形を取る、とはどういうことですか?
粒子性も波動性も、あくまでも観測に関する性質でしかありません。
そういう性質をもつ何かがそこに実在することに、何の異議があるのですか?
結局、あなたは古典的な思考の枠組みから離れられていないのですよ。
>しかしパラドクスという言葉の意味はそれだけではありません。
もうそれは聞き飽きましたので、あなたの主張する「EPRパラドックス」
を具体的に定義してください。
>そもそも哲学カテで存在と認識の問題を論じているところに
>「量子論の解釈問題を哲学的に考えて見るとか」と言うのは
>あまりにも当然でしょう。
それを受けて、僕はそれに価値がないということを主張したわけです。
何か問題があるのですか?
>>44
>波の形を取る、とはどういうことですか?
シュレーディンガー方程式を解いて得られた波動関数の数式で
表されるままの波の形です。
>そういう性質をもつ何かがそこに実在することに、何の異議があるのですか?
覚えていますか? あなたは、シュレーディンガー方程式を解いて
得られた波動関数の数式に虚数が含まれているからと言って
波動関数で表される波が実在しないとは言えないという意味の主張を
幾つか、したのです。
(「波動関数にその複素共役をかけたものが絶対値の二乗にあたります。そしてそれは、検出確率がそのようにして与えられるというだけで、波の実体を否定するものではありません。」[389])
(「ほう。では、水面の波が複素数で表示されているとしたら、水面の波は古典的にも実在しないんですか?そもそも、たとえば実数なら実在するという根拠はいったいなんですか?複素数が実在しないなら実数も実在しないし、実数が実在するなら複素数も実在します。」[378])
あなたは途中からその波を「状態」という専門用語で説明しています。
しかし、そこで私はあなたの言う「状態」という言葉の意味を
「シュレーディンガー方程式を解いて得られた波動関数の数式で表される
実在する波(以下Aと書く)」と同じ意味で使っていると理解して
話を続けました。
何故なら、あなたが数式の虚数にあれほど拘っていたことと、
波の実在に関する話の流れがあったからです。
さらに[378]であなたはマクロの波とミクロの波を同列に考えるという
過ちまで犯している。
しかし、もし「状態」の意味がAと同じ意味でなく
「電子雲のようなもの、力のようなもの、あるいは場の量子論でいう
電子場の振動のようなもの(以下Bと書く)」を表現しているのだとすれば、
私はそれに異議はありません。
実際何かがなければ観測結果が得られるわけがないのだから。
しかしその何かはA(いわゆる波の形をとる波)ではないだろう
ということです。従って、もし「状態」がBの意味で使われていたならば、
例のスレッドでの「状態」に関する私の発言は誤解によるものです。
ところで、もしあなたがBの意味での「状態」を数式で私に説明しようと
しているのならば、それは失策です。
あの議論においてあのような数式は意味がありません。
あなたは議論の早い段階[243]において、
「あなたに数学的ないろいろな知識を理解させるのはかなり昔に不可能だと
悟っています」と言っておきながら、そんな議論相手に対して適切な解説を
一切入れることもなく長々と数式で表現しています。
本当は私とコミュニケーションする気など全く無く、真の意図は別のところに
あるのは明らかです。
議論において議論相手とコミュニケーションできない方法を意図的にとる
ということは、逃げの姿勢ととられても仕方が無く、明らかに失策となります。
>もうそれは聞き飽きましたので、あなたの主張する「EPRパラドックス」を具体的に定義してください。
聞き飽きてもなおパラドクスの意味は一つしかないと言い張っているあなたに、
これ以上何を言っても進展はないでしょう。
現実とは何ですか?[268-344]([268]-[344])を再読しましょう。
>それを受けて、僕はそれに価値がないということを主張したわけです。何か問題があるのですか?
問題はないでしょう。
あなたにはわからないということだけです。
>>45
まず、
>実在する波
とは何ですか?
>さらに[378]であなたはマクロの波とミクロの波を同列に考えるという
>過ちまで犯している。
マクロの波、ミクロの波とは何ですか?
マクロであっても、ミクロであっても、同じ方程式によって表現される現象は波と呼ばれます。
音も単振動も電磁波も、少なくとも一つの側面からは「波」なのです。
>「電子雲のようなもの、力のようなもの、あるいは場の量子論でいう
>電子場の振動のようなもの(以下Bと書く)」を表現しているのだとすれば、
>私はそれに異議はありません。
量子力学における状態とは、もっと抽象的な体系全体にかかわるものです。
それは、量子力学を勉強すればすぐにわかります。
手元のディラック4版より、
一定の性質(質量、慣性能率など)を持ち一定の力の法則に従って互いに作用している粒子あるいは物体から成る任意の原子系をとって見よう。粒子または物体の運動は力の法則と矛盾せぬ範囲でいろいろなものが可能である。これらの運動はそれぞれこの体系の状態と呼ばれる。
量子力学においては、この「状態」が重ね合わせの原理を満たす、
すなわち波動性を持つわけです。
「波の実体」とは波動性をもつ何かとして「状態」が存在することを意味します。
補足。
>実在する波
という言葉には、実在の定義が暗に含まれている訳です。
>>46
>>43以降から私の質問をことごとくスルーしておいて
あなただけが私に質問ばかりしてくることの正当な理由が
あるのでしょうか? 相変わらずアンフェアですね。
>実在する波とは何ですか?
物理学的に実在する波とは媒体が観測可能な波でしょう。
>量子力学における状態とは、もっと抽象的な体系全体にかかわるものです。それは、量子力学を勉強すればすぐにわかります。
ですからそれが「場の量子論でいう電子場の振動のようなもの」でしょう?
今はそんなことを問題にしているのではなく、
あなたのいう「波」の意味はAかBかどちらなのか、私にはAのように見えた、
だからあのような展開(状態という語が出てきて以来の展開)に成った、
しかしBだったのならあの展開は誤解に翻弄されているだけだから
意味がないということです。
あなたの言う「波」とは、Aの意味ですか、Bの意味ですか?
もしBだとすると、何故[389][378]のような主張が出来るのですか?
>>48 訂正:
× だからあのような展開(状態という語が出てきて以来の展開)に成った
○ だからあのような展開に成った
>>48
アンフェアも何も、ここは量子についての話をする場なので、
本質的なところにのみ対応しているだけですが。
だいたい、あなたがいきなり僕につっかかってきたのですがね。
>物理学的に実在する波とは媒体が観測可能な波でしょう。
あなたの言う波とは何ですか?媒体とは何ですか?
媒体がなければ波ではないのですか?
それこそ、エーテルの議論に逆戻りですが。
>あなたの言う「波」とは、Aの意味ですか、Bの意味ですか?
>もしBだとすると、何故[389][378]のような主張が出来るのですか?
僕の言う「波」はAの意味でもBの意味でもありません。
重ね合わせの原理を満たす任意の対象です。
しかし、自分の読解力がなかったことについて逆切れされても、困りますね。。。
どういったら伝わるんですかね。
>物理学的に実在する波とは媒体が観測可能な波でしょう。
という表現は、「媒体」という粒子性を持つ存在を実在とする、
という暗黙の了解の上で成立しているのです。
つまり、存在が本質的には粒子的なものであるという
古典的な枠組みによる解釈を脱しないわけです。
んなもん簡単にかけるかいな
>>52
そのレスは、地雷を踏んだ感あり。
equilibrium氏は、物理はちょっとナニみたいだが、哲学方面はホームグランドのようなので、
そこから「存在」の定義は何か?といった議論へ横滑りしてゆくならば、物理カテとしては
これまで以上に不毛な展開になる予感。
波が存在するとかしないとか言っている人とEPRの議論をするのはあまりにも無謀で、
「教科書を読みなさい」で終わらせるか、量子力学を初歩から丁寧に解説した上で議論するか、
たぶんどちらかにしたほうが良い。
過去スレの展開からして、「初歩から丁寧に解説」には、かなりの困難が予想されるが。
>>54
注釈には飽きたんですね。
僕は、自分の「整数力学」は相当に画期的だと思っていますが、
整数力学ですら納得しない以上は
>量子力学を初歩から丁寧に解説した上で議論する
のは不可能でしょう。
>そこから「存在」の定義は何か?といった議論へ横滑りしてゆくならば、物理カテとしては
>これまで以上に不毛な展開になる予感。
というのは全くそのとおりですが、ただ、equilibriumさんの持つ「実在」という概念が
粒子性に基づくものであるということさえ理解させれば、それで十分なのではないかと思っています。
整数力学ってなんですか?
哲学的にも、独我論的な思考の延長から、
「自分にとっての世界(少なくとも自分が見ているもの)は作用でしかない」
ということが理解されるはずで、それを突き詰めれば、
作用が粒子的であるか波動的であるかなどということは
全く自明でないということがすぐにわかるはずで、
そこまで気がつけば、状態の重ね合わせといった概念を受け入れるためには
粒子的な実在の概念を放棄すればよいだけの問題だということに気がつくはずなのです。
また、それと同時に、アインシュタインの仮定した物理的実在の条件が
いかに粒子的なものであるか、ということも実感できるはずなのです。
まあ、そんなことを言ってみたところで、正直理解されるとは思っていませんが、ね。
哲学がホームグラウンドだからといって、哲学的に深いかといえば、そうでもないと僕は思います。
もちろん、僕が思うだけですが。
>>56
>>21
もちろん、ぜんぜん正しくはないですし、「真に受ける」と道を誤りますが、
それなりにアナロジーになっているかなぁとは思うのです。
具体的には、波動関数は固有値の関数として与えられるわけで、
その辺に関しては言及がないところが割と問題です。
>>50>>52
>媒体がなければ波ではないのですか?それこそ、エーテルの議論に逆戻りですが。
そもそも「波」という概念は古典物理のものです。光の波の媒体はエーテルといった物質的なものではなく、電場と磁場だったわけです。何かが振動していることが「波」なのですから、何らかの媒体は必要です。媒体が必ず物質でなくてはならないという思い込みがエーテル議論のような間違った方向に人々を走らせたのです。
ところが光の場合は何が振動しているかわかったのに対して、電子のほうは何が振動しているのか分からなかったわけです。シュレーディンガーの方程式から出る波動関数ではこのことを何も説明しません。だから確率解釈で納得するしかなかったわけです。今ではそれを例えば場の量子学では電子場の振動とすることによって、様々なことが説明できるわけですが。
>>物理学的に実在する波とは媒体が観測可能な波でしょう。
>という表現は、「媒体」という粒子性を持つ存在を実在とする、という暗黙の了解の上で成立しているのです。
だから。「そうではない」と私は言ってるのですが。あなたも私も実は「そうではない」と思ってるはずだと言ってるのですよ。わかりませんか? 量子力学の内容に関しては、お互いに誤解し合ってしまったことで、わざわざありもしない問題を作り出し延々と無駄な遣り取りをしあっているのではないか、と言ってるのですよ。
ミクロの式とマクロの式については以下の引用を読んで下さい。
(引用pp119-120)
真空を伝播する電磁波や、ぴんとはった糸上を伝播する波、あるいは空気中を伝わる音波、これらの波は直接、間接に観測可能です。これらの波もそれぞれに応じる波動方程式を解くことによって得られ、したがって虚数が含まれています。102ページの(3-1)式に示されているように、波は実数部分と虚数部分の項の和として表されます。ここでいう波動方程式はシュレーディンガーの波動方程式とは異なるものです。
しかし電磁波、糸上の波、水面上の波、音など、日常簡単に観測できる波に関しては、その実数部分と虚数部分を完全に切り離すことができ、それぞれ独立に元の波動方程式を満足するのです。ですから実数部分だけを取り出して波動関数としても全く差し支えなく、その波動関数は実際観測される波を表します。
ところがシュレーディンガーの方程式から出てくる波は、実数部分と虚数部分を互いに引き離すことはできないようになっているのです。なぜなら実数部分と虚数部分はそれぞれ独立には元のシュレーディンガーの方程式を満足しないからです。実数部分と虚数部分とが結合された波だけがシュレーディンガーの方程式を満足するのです。この方程式はそのような構造になっているのです。したがって質量を有する粒子が波として振る舞う時、その波を表す波動関数には必ず虚数が入っています。虚数を取り外すと量子条件の一つであるE=hfを満足しなくなってしまうのです。
虚数は実在しない数です。実在しない数の入っている波など、いったいどうやって観測できるというのでしょう? 無理な話です。
(pp119-120の引用終)
http://www.amazon.co.jp/%E9%87%8F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E5%AD%A6%E3%81%AE%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%8F%E3%82%8A%E2%80%95%E3%80%8C%E5%B9%BD%E9%9C%8A%E6%B3%A2%E3%80%8D%E3%81%AE%E6%AD%A3%E4%BD%93-%E5%B1%B1%E7%94%B0-%E5%85%8B%E5%93%89/dp/4062574152/ref=sr_1_8/503-7739534-3456737?ie=UTF8&s=books&qid=1177184367&sr=1-8
>>54
>波が存在するとかしないとか言っている人とEPRの議論をするのはあまりにも無謀
誤解されてるようですが、私は哲学的な意味で存在云々を言ってるわけじゃないのです。上の引用でも分かるように、物質波の存在問題はそもそも物理学者達の問題なのです。観測問題、波束の収縮,等もそもそも物理学者達の問題なのです。スレッドでも初めから言ってるように、私は何も新しい事は言ってないのですよ。
>>50
>アンフェアも何も、ここは量子についての話をする場なので、本質的なところにのみ対応しているだけですが。
それでは物理の人々と思う存分量子について話をして下さい。あなたと私に発生した誤解を解こうと努力するのもこれでやめにしましょう。ただし、気付いていないならばはっきり言いますが、例のスレッドについてあなたが誤解したままの姿を、たとえ名前を伏せていたとしても、あちこちで無神経に書きなぐられるのは非常に不愉快です。
>>60
>光の波の媒体はエーテルといった物質的なものではなく、電場と磁場だったわけです。
へぇ!
電場や磁場は認めるのに、状態は認めないのですか?
意味が分かりません。
>今ではそれを例えば場の量子学では電子場の振動とすることによって、様々なことが説明できるわけですが。
本当に救いようがないですね。。。
位置に関する波動関数が、状態という言葉から電子場という言葉に置き換えられて
振動として表現されるだけで説明できるというのは、ばかばかしい言葉遊びにすぎないわけですが。
>虚数は実在しない数です。実在しない数の入っている波など、いったいどうやって観測できるというのでしょう? 無理な話です。
…。
では、虚数が実在して、実数が実在するという根拠は何ですか?
こうした主張における実在の概念には、すでに粒子性などの暗黙の仮定が関与している
ということになぜ気づかないのですか?
ちなみに、虚数は実数のみからなる行列
(0 -1)
(1 0)
によって表現されます。
虚数は実数だけで表現できるのですよ。
実在する数の行列から成るのに、実在しないのですか?
ちなみに、複素数云々という話をするならば、たとえばディラック方程式にも
複素数は使われているわけですが。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E6%96%B9%E7%A8%8B%E5%BC%8F
電子場の振る舞いも、「複素数的」なのに、
ただの「言い換え」によって納得するなど本末転倒です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%82%B8%E5%8E%9F%E7%90%86
>>60
引用してある文献は、私は未読ですが、引用部分から見る限り、随分いいかげんな本ですね。
ブルーバックスには、内容の怪しい科学啓蒙書が少なくありませんが、
amazonを検索した範囲では、この著者は、そのテの本を乱発している人物のように見受けられます。
ちょっと興味をひかれたので、
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%BC%E3%83%AD%E3%81%8B%E3%82%89%E3%82%8F%E3%81%8B%E3%82%8B%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%99%BA%E8%A6%8B-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E5%B1%B1%E7%94%B0-%E5%85%8B%E5%93%89/dp/4061498606/ref=sr_1_6/249-5982537-1089909?ie=UTF8&s=books&qid=1194718687&sr=1-6
を読んでみようかと思っています。どんな馬鹿なことが書いてあるか、楽しみです。
引用箇所について、少しコメントしてみます。
>しかし電磁波、糸上の波、水面上の波、音など、日常簡単に観測できる波に関しては、その実数部分と虚数部分を完全に切り離すことができ、それぞれ独立に元の波動方程式を満足するのです。ですから実数部分だけを取り出して波動関数としても全く差し支えなく、その波動関数は実際観測される波を表します。
古典物理の波動方程式が実関数解を持つのは、そうなるような初期値を与えて解いているからに過ぎません。
観測された実数値を初期値として、観測される実数値を説明するような解を構成すれば、実関数がでてくる
のは、方程式を解いてみるまでもなく自明です。
電磁気学(古典物理です)では、電磁波を複素数を使って表しますが、その場合には、同じ波動方程式が
複素数値の解を持ちます。これは、観測される(実数値から構成して現象を記述する)複素数値を説明する
ような解を得るべく、そのような初期値の下に方程式を解いているからです。
それは、方程式(の構造?)に関する問題ではありません。方程式を解く者が、解に架す前提の問題なのです。
要求したものが得られた、それだけのことです。
>虚数は実在しない数です。実在しない数の入っている波など、いったいどうやって観測できるというのでしょう? 無理な話です。
量子論において、複素数値が観測されないのは、1個の複素数は2個の実数と同じ情報量を持ち、
1個の実数を観測すると、不確定性原理によって、もう一方の実数が不確定になってしまうためです。
けっして、「虚数は実在しない」からではありません。「虚数は観測によって確定できない」だけです。
古典物理学では、複素数値は観測できます。計器の都合上、実数値2個に分けて観測することになりますが。
「実在しない数です」という書き方も気になります。その前の文章から見て、この著者は、
よく中高生が数学について言う「実数は存在するが虚数は存在しない」程度の誤解をしている可能性が
ありそうです(もう少し前後を読まなければ断言はできませんが)。
もしも、解析学に関してその程度の理解度でしかないとすれば、微分方程式やそれを使う科学分野に
ついて著作をしても全く無意味としか言いようがありません。
この文献が、なぜ「ミクロの式とマクロの式について」引用されているのかも不明ですが、
このような駄文を肯定的に引用すると、引用者の理解度が問われてしまいます。
equilibriumさんは、sunsar(=quatre)さんとの間の誤解を解く前に(解くために?)、
御自身の量子論に対する誤解を解く必要があるのではないかと感じます。
おほほほぉ久しぶりにきてみたらおもしろいことになってますね。
とりあえず明確に切り捨てている文献を紹介するにとどめておきますね。
「確かに、各粒子(あるいは粒子系)が波動関数を有していて、その波動関数が粒子の客観的な特性であると考えたくなる誘惑にかられる。・・・略・・・
残念ながら、こうした素朴な考え方を支持する実験的な証拠はいかなる形でも存在していない。それどころか、もしこの見方をまともに受けとると、それは“量子パラドックス”とよばれる多くの奇妙な結論に達してしまう。これらのいわゆるパラドックスは、もっぱら量子論を不正に解釈することから生じる。量子論は、完全に実践的であって、正確に使われれば、正しく提起された問に対して、互いに矛盾した二つの答をもたらすようなことは決してない。パラドックスを持つ結果に至ってしまうのは、擬実在論的哲学による量子概念の誤用にすぎない。」
ペレス著、大場他訳、「量子論の概念と手法 先端研究へのアプローチ」、丸善、2001、p. 4
>>60訂正:
× 波束の収縮
○ 波動関数の収縮
>>61 sunsarさん
>本当に救いようがないですね。。。位置に関する波動関数が、状態という言葉から電子場という言葉に置き換えられて振動として表現されるだけで説明できるというのは、ばかばかしい言葉遊びにすぎないわけですが。
あなたも地雷を踏みましたね。場の量子論についてのことも例の本の教授が言ったのですよ。場の量子論を粒子に適用すると粒子の生成消滅という現象を取り扱うことが出来るようになります。そのために色々なことが説明できます。教授も救いようがないのでしょうか? 山田教授の本p243-p245を参照。
>電場や磁場は認めるのに、状態は認めないのですか?意味が分かりません。
(山田教授の本からほぼ引用p245)「場」と解釈すると粒子の生成消滅という現象を取り扱えるので、素粒子の生成や消滅が現れる限り波動関数の解釈、つまり|ψ|^2が粒子の存在確率を表すということが意味をなさなくなります。(引用終わり)
>では、虚数が実在して、実数が実在するという根拠は何ですか?こうした主張における実在の概念には、すでに粒子性などの暗黙の仮定が関与しているということになぜ気づかないのですか?
山田教授に質問状でも書けば良いのでは?
>>54 keitaさん
>波が存在するとかしないとか言っている人とEPRの議論をするのはあまりにも無謀で、「教科書を読みなさい」で終わらせるか、量子力学を初歩から丁寧に解説した上で議論するか、たぶんどちらかにしたほうが良い。
よく見たら、あなた自身が地雷踏んでますね。あの本を書いた教授にも量子力学を初歩から丁寧に解説してあげて下さい。他人の地雷より御自分の足元をよく確認するべきでしたね。
>>63
妙な人ですね。何故『ゼロからわかるアインシュタインの発見』 (講談社現代新書)を読もうとするのに当の引用してある文献を読まないのでしょう。しかもその『ゼロ〜』は量子力学でもないしブルーバックスでもない。どうせ読むなら当の文献を読んで下さい。読まずにおいて「この著者はそのテの本を乱発している人物のように見受けられます」とか「どんな馬鹿なことが書いてあるか楽しみです」などと言うのは非常に無神経です。それは相手を無価値化して自分を正当化する卑劣な行為です。実際に読んで具体的にどこがどう違うのかを指摘するのが筋です。
あなたも山田教授に質問状でも書けば良いのでは?いくらブルーバックスでも仮にも教授が(しかも現役の)いいかげんな事を書くとは思えません。あなたがどんな人かは存じませんが、彼は物理学のPh.D取得者で正しい知識のある人です。ウィキペディアより何倍もましでしょう。しかし教授といえども人の子、完璧ではないわけですから、実際に彼とメイルなり手紙なりで談判すれば良いのです。
>この文献が、なぜ「ミクロの式とマクロの式について」引用されているのかも不明
ミクロの波を表す方程式とマクロの波を表す方程式は全く違っているという簡単なことを示すためですよ。何を不明がっているのか不明です。
>>64 motelaさん
やっと物理学の人が登場してくれましたね。話はあらゆる方向に枝葉抹消的に飛び散らかっていますが(現在の枝葉抹消議題は量子力学の基礎のお勉強のようです)、シュレーディンガー方程式から出る波動関数とコペンハーゲン解釈についての解釈問題がそもそもの論点です。
話の筋が混沌としていますが、現状では、本筋(量子力学に関して)では皆が同じ事(波動性と粒子性は古典物理の波や粒子ではないということ)を幻の相手に訴えているだけだと思います。しかし波動性と粒子性が古典物理の波や粒子ではないと理解することがすなわち量子力学にまつわるpuzzles(paradoxs)の全てを解明するわけではありません。それは単に最初の一歩です。
私が興味あるのは、その意味を追求すべき(哲学的考察が必要)か、意味など追及しなくていい(哲学的考察など不必要)かといったこのスレにはふさわしくない路線です。その意味を追求すべきと思うことで今まで進歩があったと思うし、これからも進歩するだろうと私は思っています。sunsar氏&keita氏は量子力学で使用される数式の話をしたいようなので、そういったことはぜひ物理の人達と楽しんでいただきたいと思い、私は私の興味の本筋とは関係ないので抜けます。
>>0 死神じゃない方の神さん
このスレッドが脱線してしまったことをお詫びします。当初は、例のスレを参考提供するだけで、このスレッドに介入するつもりはなかったのですが、成り行き上、長居をしてしまいました。>>60で紹介して以来何度も引用した本ですが、もしスレ主さんが初学者ならば、また初学者でなくとも量子力学って結局何?と考えてしまう方なら、ぜひお勧めします。著者の言葉を引用して最後にします。
(部分引用p8)ある日教授は「今日は特別な講義をしてやろう」と言って、量子力学の歴史を哲学的な意味を持って説明してくれたのです。大変おもしろい講義でした。この後、教授は次のようなことを言ったように記憶しています。「量子力学の深い哲学的な意味をいちいち説明していたのではとても埒があかない。学期内にしかるべき内容を終わらせることができない。一つの科目としてその内容全部を学期内に終わらせるためには数学的な講義にならざるをえない。」
またやってしまった。
× 枝葉抹消
○ 枝葉末節
>>65-66
ずいぶんと権威主義的なのですね。
山田教授に質問状を書く前に、あなたは仮にもその主張が正しいと言っているのですから、
正しいとする根拠をきちんと説明するべきでしょう。
それができないのであれば、あなたは「正しいかどうかは自分には判断できない」
ということを認めるべきでしょう。
まあ、あなたが「抜けたい」のであれば、いつでも「抜けて」くださって結構ですよ。
前のスレッドの終わり方も、答えられない質問に対して「著者に質問状を書け」
という返答で終わっていましたね。
これは、あなたの主張の真偽はひとまずおくとしても
(もっとも、それはおくまでもなく明確に偽ですが)、
「自分の主張は自分には説明することができない」
と言っているのと同じです。
あなたが本当にその説が正しいことを理解しているのならば、
僕たちの主張のどこが「おかしい」のかをきちんと指摘できるはずです。
虚数は実数のみからなる行列
(0 -1)
(1 0)
によって表現されます。
虚数は実数だけで表現できるのですよ。
実在する数の行列から成るのに、実在しないのですか?
といった質問や、
電磁気学(古典物理です)では、電磁波を複素数を使って表しますが、その場合には、同じ波動方程式が
複素数値の解を持ちます。これは、観測される(実数値から構成して現象を記述する)複素数値を説明する
ような解を得るべく、そのような初期値の下に方程式を解いているからです。
といった主張に、きちんと答えるべきでしょう。
ちなみに。
僕の手元には、
「量子場の数理/荒木不二洋:著」(岩波)
があります。
この本は、場の量子論を概説した本ですが、参考までにその目次(のはじめのほう)を挙げておきます。
1 状態と物理量
1-1 確率的記述
1-2 状態と物理量
1-3 物理量の関数
1-4 物理量の期待値
1-5 混合状態と純粋状態
1-6 状態の物理的位相
1-7 等価な理論
1-8 対称性
2 量子論
2-1 量子力学的記述
2-2 代数的観点
2-3 状態に付随する表現:GNS構成法
2-4 量子力学の対称性
2-5 代数的観点での対称性
3 中略(相対論的対称性)
4 局所物理量
4-1 局所物理量の一般的性質
4-2 真空状態
4-3 既約性
4-4 質量間隙と指数的クラスター性
4-5 JLD表示
4-6 載端期待値と多重クラスター性
4-7 加法性の仮定とReeh-Schliederの定理
4-8 場の量子論
4-9 量子場から局所物理量へ
以下略
この目次を見て、何を思うかは自由です。
ただ、場の理論がどのようにして展開されるのか、
目次の1に書いてある事柄が何を意味するのかを踏まえたうえで、
よく考えたほうがよいと思います。
あ、あと、「物理学と哲学の関係」については、難しい量子論よりも
簡単な相対論をやったほうがはっきりします。
というのも、相対論における仮定は、実はものすごく「哲学的」なものだからです。
解析力学をきちんと勉強すれば「ネーターの定理」という定理を勉強しますが、
これは「哲学的」な主張から物理学を構成する一助になります。
上述の「量子場の数理」も、実はすごく「哲学的」な示唆に富んでいます。
まあでも、僕はどちらかというと、物理的には理論の論理的な展開は
そんなに重要だとは思いませんけどね
(もっとも、ネーターの定理etc.の主張はきれいだとは思いますが)。
>>66
まぁ、哲学的な意味を考えるのはおもしろいからいいんじゃないですか。ただ、実験によって得られた事実の方が優先されるというだけの話で。
ただ、虚数が実在しないというのはどうですかね。これははっきりと間違いであると言っておかないといけないかな。もちろん、わかっている人相手ならいいんですが、どうもこの書き方だと虚数が出てきたら机上の空論だと誤解されそうですね。
たしかに虚数の物理量が表にでることはないんですけれども・・・
(このことは観測可能な演算子がエルミートであることによって担保されていますよね。簡単にいえば。)
あと>>65の波動関数を場と解釈するというのは単に、フォック空間に土俵をうつしたというだけのはなしですから、絶対値の自乗には存在確率の意味がないというのは、ちょっと言い過ぎですね。まぁ、特定の物理的仮定をもうけたうえで、そういう見方をしても問題はないという程度の意味でしょう。
ご存じとは思いますが、量子の波動性は干渉が起きるということを言い換えたものですから、本当にブルブルふるえているというイメージは危ういなとおもいますね。
>>71
>(このことは観測可能な演算子がエルミートであることによって担保されていますよね。簡単にいえば。)
オブザーバブルがエルミート性をもつことって、「きちんと」導出できるんですかね?
普通は観測される量が実数であることが仮定されているように思います。
>ご存じとは思いますが、量子の波動性は干渉が起きるということを言い換えたものですから、本当にブルブルふるえているというイメージは危ういなとおもいますね。
本当に「ご存知とは思いますが」なのかは知りませんが、
equilibriumさんは波動性が干渉を意味するとは理解していなかったと思いますが。
>>68 sunsarさん
あなたの言によれば、文献に忠実であれば「権威主義的」で、文献に載ってないことを言えば「電波」なヒトなのでしょう。一体どうしろというのでしょう。私は正しいと思う文献を提示しているのです。文献を提示するという行為自体がそれを正しいと思うという表明なのです。それをどのように正しいと説明しろと言うのでしょう。意味不明です。
それが正しくないと言っているあなたこそが、正しくないことを示す信頼できる文献を示すなり、数式でなく言葉で私を説得すればよいのです。それができないようだから著者に直接質問すればいいと言ってるのです。そもそもあなたやkeita氏には文系の奴等が量子力学を正しく理解できるわけがないという思い込みがあるのですから、「文系の人」である私が何を言っても無駄であるということがだんだん分かり始めました。「状態」と「場」が似たようなものだと思うと言えば、いや違うものだ、とあっさり切り捨て、「場」でもっと説明できると言えば、名前を入れ替えただけで違いはないのに何故できるか、と言い始める。話にならないのですよ。説明「できない」のではなく「したくもない」のですよ、そういう人達に。
>あなたが本当にその説が正しいことを理解しているのならば、僕たちの主張のどこが「おかしい」のかをきちんと指摘できるはずです。
説明しました。あなたが「文系の人」の説明などでは納得しないだけです。
>虚数
告白すると私も実は何故そうはっきり言えるのかと疑問に思ったので少し調べたことがありますが、出版物やサイトではっきり説明してあるものに出会っていません。しかし山田教授だけでなく他の信頼できる文献でもそのようなことが書いてあるので、全くのデタラメであるはずがないと思います。この状態は歴史的な事実を検証する時に本当にそうであるかどうかを知るのに沢山の文献をあたることでしか真実がわからないケースに似ています。しかしあなたの知りたい事は数式的にどうであるかということなのですから、そのような質問を私に向けるのは見当外れであり、本当に知りたいのなら教授に質問しなさいと言っているわけです。
>虚数は実数のみからなる行列(0 -1)(1 0)によって表現されます。虚数は実数だけで表現できるのですよ。実在する数の行列から成るのに、実在しないのですか?
、、、。それは単に「その行列が存在する」ということでしょう。せっかく引用までして説明したのに、まだ「観測できない波」の意味を把握していないのですか?
>電磁波
気のせいでしょうか。あなたは光子と電子の区別ができていないように感じます。
>>69
>場の量子論
何をよく考えろと言ってるのかよくわかりませんが。ところで、ディラックの方程式やクライン=ゴルドンの方程式は場の方程式と見做すことができるそうです。
>>68 sunsarさん
あなたの言によれば、文献に忠実であれば「権威主義的」で、文献に載ってないことを言えば「電波」なヒトなのでしょう。一体どうしろというのでしょう。私は正しいと思う文献を提示しているのです。文献を提示するという行為自体がそれを正しいと思うという表明なのです。それをどのように正しいと説明しろと言うのでしょう。意味不明です。
それが正しくないと言っているあなたこそが、正しくないことを示す信頼できる文献を示すなり、数式でなく言葉で私を説得すればよいのです。それができないようだから著者に直接質問すればいいと言ってるのです。そもそもあなたやkeita氏には文系の奴等が量子力学を正しく理解できるわけがないという思い込みがあるのですから、「文系の人」である私が何を言っても無駄であるということがだんだん分かり始めました。「状態」と「場」が似たようなものだと思うと言えば、いや違うものだ、とあっさり切り捨て、「場」でもっと説明できると言えば、名前を入れ替えただけで違いはないのに何故できるか、と言い始める。話にならないのですよ。説明「できない」のではなく「したくもない」のですよ、そういう人達に。
>あなたが本当にその説が正しいことを理解しているのならば、僕たちの主張のどこが「おかしい」のかをきちんと指摘できるはずです。
説明しました。あなたが「文系の人」の説明などでは納得しないだけです。
>虚数
告白すると私も実は何故そうはっきり言えるのかと疑問に思ったので少し調べたことがありますが、出版物やサイトではっきり説明してあるものに出会っていません。しかし山田教授だけでなく他の信頼できる文献でもそのようなことが書いてあるので、全くのデタラメであるはずがないと思います。この状態は歴史的な事実を検証する時に本当にそうであるかどうかを知るのに沢山の文献をあたることでしか真実がわからないケースに似ています。しかしあなたの知りたい事は数式的にどうであるかということなのですから、そのような質問を私に向けるのは見当外れであり、本当に知りたいのなら教授に質問しなさいと言っているわけです。
>虚数は実数のみからなる行列(0 -1)(1 0)によって表現されます。虚数は実数だけで表現できるのですよ。実在する数の行列から成るのに、実在しないのですか?
、、、。それは単に「その行列が存在する」ということでしょう。せっかく引用までして説明したのに、まだ「観測できない波」の意味を把握していないのですか?
>電磁波
気のせいでしょうか。あなたは光子と電子の区別ができていないように感じます。
>>69
>場の量子論
何をよく考えろと言ってるのかよくわかりませんが。ところで、ディラックの方程式やクライン=ゴルドンの方程式は場の方程式と見做すことができるそうです。
>>71 metolaさん
>どうもこの書き方だと虚数が出てきたら机上の空論だと誤解されそうですね。
そうですね。言葉尻に飛びついて、虚数だから机上の空論だとでも言うのか、と怒るような人も居るでしょうね(確かに一人か二人そのへんに居ますね、、)。そんな簡単なことを言ってるのではないようだということは私にもわかるのですが。下で紹介した英文を読んで思ったのですが、波動方程式では変数yが振幅を表すのだが、シュレーディンガー方程式から出る波動関数ではその部分が複素数だから振幅が実数の空間に表せない、ということなのでしょうか?
>フォック空間に土俵をうつしたというだけのはなしですから、絶対値の自乗には存在確率の意味がないというのは、ちょっと言い過ぎですね。
いわゆるsenselessといったような意味の「意味がない」ではなく、もうそのように解釈しなおさなくても良いと言ってるのだと思います。存在確率しか表さないという限界を超えられる、というか。まあ、これも誤解されやすい言い方ですね。彼は米国生活が長い御様子なので日本語が少々退化しているかも知れませんね、、。私も多くの漢字を忘れてしまいましたし、「てにをは」さえ時々アブナイです。
>本当にブルブルふるえているというイメージは危ういなとおもいますね。
そうですね。当然私もそのようなイメージは持っておりません。それにしても「波」とか「粒子」という言葉をそのまま量子力学に持って来たのは得策ではなかったような気がしますね。新しい概念には新しい単語を与えればいいのに、と思います。
複素数とΨに関して、山田教授と同じような見解を持つと思われる本を紹介します。
“Concepts of Modern Physics (6th edition)” by Arthur Beiser (McGraw-Hill 2003) より抜粋。(McGraw-Hillは多数の参考書や問題集を出している出版社の一つです)
P166 ●5.3 Schrödinger’s Equation: Time-Dependent Form
In quantum mechanics the wave function Ψ corresponds to the wave variable y of wave motion in general. However, Ψ, unlikely y, is not itself a measurable quantity and may therefore be complex(複素数).
その数ページ前にwave function Ψのwave variable yについて、
下のように説明してあります。
P163 ●5.2 The Wave Equation
Schrödinger’s Equation, which is the fundamental equation of quantum mechanics in the same sense that the second law of motion is the fundamental equation of Newtonian mechanics, is a wave equation in the variable Ψ. Before we tackle Schrödinger’s Equation, let us review the wave equation
Wave equation ∂^2y/∂^2x=(1/v^2)( ∂^2y/∂t^2) (5.3)
Which governs a wave whose variable quantity is y that propagates in the x direction with the speed v. In the case of a wave in a stretched string, y is the displacement of the string from the x axis.
ついでにこれも書いておきます。
P162 ●Wave function
As mentioned in Chap.3, the quantity with which quantum mechanics is concerned is the wave functionΨ of a body. While Ψ itself has no physical interpretation, the square of its absolute magnitude |Ψ|^2 evaluated at a particular place at a particular time is proportional to the probability of finding the body there at that time. The linear momentum, angular momentum, and energy of the body are other quantities that can be established from Ψ. The problem of quantum mechanics is to determine Ψ for a body when its freedom of motion is limited by the action of external forces.
Wave functions are usually complex(複素数) with both real(実部) and imaginary(虚部) parts. A probability, however, must be a positive real quantity. The probability density |Ψ|^2 for a complex Ψ is therefore taken as the product Ψ*Ψ of Ψ and its complex conjugate Ψ*. The complex conjugate of any function is obtained by replacing i (=√1) by –i wherever it appears in the function. Every complex function Ψ can be written in the form
Wave function Ψ =A+ i B
Where A and B are real functions. The complex conjugateΨ* ofΨ is
Complex conjugate Ψ* =A−i B
And so |Ψ|^2=Ψ*Ψ=A^2-i^2 B^2=A^2+B^2
Since i^2=-1. Hence |Ψ|^2=Ψ*Ψ is always a positive real quantity, as required.
文字化けしてますね。
Schrödinger’s Equation は
シュレーディンガー方程式、です。
>>74-76
>それが正しくないと言っているあなたこそが、正しくないことを示す信頼できる文献を示すなり、数式でなく言葉で私を説得すればよいのです。
たとえば、虚数が云々というのはきちんと言葉で説明していますが。
>告白すると私も実は何故そうはっきり言えるのかと疑問に思ったので少し調べたことがありますが、出版物やサイトではっきり説明してあるものに出会っていません。
僕は何度も説明していますが。。。
>それは単に「その行列が存在する」ということでしょう。せっかく引用までして説明したのに、まだ「観測できない波」の意味を把握していないのですか?
だから、「観測できるものだけを実体とする」という解釈がおかしいのだ、
というのはいつになったら理解できるのですか?
「観測するたびにこれこれかような挙動を示す奇妙な性質を示すものがそこに「存在」する」
というのが、量子論の帰結だ、と言っているのです。
それを、あなたの「身の回りの」存在論に帰結させようとするから、
>>64でいうところの量子パラドックスを生むことになるのです。
つまりは、たとえばアインシュタインの仮定した物理的実在の条件などは
きわめて窮屈なものである、と言っているのですよ。
>>76
では逆に、あなたはなぜ観測値が実数だと思うのですか?
実数というのは有理数を完備化して得られる数ですが、
観測値を有理数でなく実数だと考えるのはなぜですか?
(さらには、有理数どころかある単位の繰り返しによる
離散的な目盛である場合もあるわけですが…。)
>>72
二乗可積分系においては、と慎重に書いておきますが、オブザーバブルがエルミートであることも、またその逆も簡単に示せます。
>>79
あ、いや。
その理屈だと、物理量が「関数に対する」演算子に対応することはどうやって示されるのですか?
そもそも、測度はどうやって与えるのですか?と聞くほうが正しいのかな。
もともと確率を仮定してしまうと、その確率について測度を構成できるようにも
思われますが、それだと…。
>>78
>虚数が云々というのはきちんと言葉で説明していますが。
言葉になりきっていません。行列(0 -1)(1 0)を言葉で説明できないのであればあなたは行列のなんたるかを本当は知らないということです。
>僕は何度も説明していますが。。。
私はあなたの物理知識を信用していません。シュレーディンガー方程式も、電子と光子の違いさえもわかっていないように見えます。
>「観測できるものだけを実体とする」という解釈がおかしいのだ、というのはいつになったら理解できるのですか?
物理学は観測できるものだけを実体とするのです。いつになったら理解できるのですか? あなたこそが、「状態」を実体と思う擬実在論的哲学を振り回しているのです。>>64をもっとしっかり読んだらどうですか?「量子論は、完全に実践的であって」と書いてあるでしょう。
>それを、あなたの「身の回りの」存在論に帰結させようとするから、>>64でいうところの量子パラドックスを生むことになるのです。
誰も「身の回りの」存在論に帰結させようとしてなどいないというのがわからないのでしょうか。幻を私に投影するのはいい加減辞めて下さい。
ところで、>>69の目次で一体何が言いたいのか、答えられないのでしょうか。場の理論がどのようにして展開されるのか、目次の1に書いてある事柄が何を意味するのかを踏まえたうえで、よく考えろと人に言う前に、あなたは仮にもその本を理解したうえで正しいと思っているのですから、チャプター名を羅列するだけでなく、内容を説明し、かつ、何がどう正しいのかをきちんと説明するべきでしょう。
それができないのであれば、あなたはその本の「内容がわかっていない」うえに「何がどう正しいのか自分では判断できない」のに、チャプター名だけを羅列して何事かわかっているふりをしたということを認めるべきでしょう。
さて、また新しい誤解が生じているように思えます。それは、考慮すべき幾つかのことを全く考慮せずに遣り取りが行なわれているからです。よく考えてみましょう。山田教授のこの本の目的は日常のマクロの慣れた世界観から徐々に量子力学で扱われるミクロの世界観に導こうとするものと思われます。それがひとつ。
もうひとつは、量子力学は古典力学から徐々に作られていったものゆえに、量子力学の中に古典力学的な説明がなされているものが少なくないという歴史的な成り行きがあること。よって、現代の目から見ていくら量子力学の概念が確立して古典力学とはっきり分離したからといって、歴史的に引き摺ってきたいくつかの古典力学的土台をいまさら外すわけにはいかないということがわかってきます。これは電流がプラスからマイナスに流れるとする事など様々な歴史的遺物の問題と同様だと思われます。
粒子性と波動性は古典物理の粒子や波の概念とは異なる事は現在ではわかっているものの、よくわかっていなかった過去の時点で作られた方程式などに古典物理の概念が使われていてそれをそのまま使っても、或いは、理解を助けるために古典物理的なモデルで説明をしたとしても、だからといって説明した本人が決して古典物理しかわかっていないとは言えません。もちろんこういったことが量子力学を誤解させたり分かりにくくさせている元凶かもしれません。混乱を避けるためには新しい概念を古い概念で代用しない方が良いに決まっています。しかしそうせざるを得ない状況というものがあります。
科学は数学と違って現実世界の歴史を背負い込んでいる学問です。こういったことを理解しないで、一方的で狭量な見方でしか批判できないようでは浅はか者のイチャモンか子供の揚げ足取りと同レベルです。
>>82
>言葉になりきっていません。行列(0 -1)(1 0)を言葉で説明できないのであればあなたは行列のなんたるかを本当は知らないということです。
さすがにそれぐらい自分で勉強しましょう。
(2×2の)行列なんて、その辺の高校でも習うのですから。。。
遠山啓あたりの本がよいのではないでしょうか。
>物理学は観測できるものだけを実体とするのです。いつになったら理解できるのですか?
なかなか楽しいことを言いますね。
あなたにもわかる「言葉」で言えば、「生成演算子の共役が消滅演算子である」というのは、すなわち
「生成演算子はエルミートでなく、オブザーバブルでない」ということを意味するのですが。
ところで、あなたは「電子場」を一体なんだと思っているのですか?
「電子場」はどうやって観測するのですか?
何を以って「電子場が観測された」と言うのですか?
>>83
あなたは自分が非難した行為を自分で行なっています。
恥知らずですね。
>何を以って「電子場が観測された」と言うのですか?
誰かそんなこと言ったのですか?
やはり>>69の目次で一体何が言いたいのか、答えられないようですね。
あなたはその本の「内容がわかっていない」うえに「何がどう正しいのか
自分では判断できない」のに、チャプター名だけを羅列して何事か
わかっているふりをしたわけです。
こういった点でもあなたは恥知らずですね。
>>84
あなたはかつて
>今ではそれを例えば場の量子学では電子場の振動とすることによって、様々なことが説明できるわけですが。
といったのですが。
ここでいう電子場の振動とは何を意味するのですか?
>>85
回答に間が空くだけでそれだけ無内容な非難ができるのですから、すばらしいですね。
(少なくとも記述に関する)確率を仮定して議論がすすめられる、ということを示しているつもりですが。
内容までここに書き込めというのであれば、
あなたはどれだけ教えて君なのだと罵られても仕方ないでしょう。
>あなたにもわかる「言葉」で言えば、「生成演算子の共役が消滅演算子である」というのは、すなわち「生成演算子はエルミートでなく、オブザーバブルでない」ということを意味するのですが。
パニックに陥って別種の地雷を踏んだようですね。「生成演算子の共役」「消滅演算子」「エルミート」「オブザーバブル」の定義を示して下さい。
ところで、やはり>>69の目次で一体何が言いたいのか、答えられないようですね。
あなたはその本の「内容がわかっていない」うえに「何がどう正しいのか
自分では判断できない」のに、チャプター名だけを羅列して何事か
わかっているふりをしたわけです。
こういった点でもあなたは恥知らずですね。
>>80-91
> >>79
> その理屈だと、物理量が「関数に対する」演算子に対応することはどうやって示されるのですか?
「ある物理量(の期待値と書いたほうが無難ですが)が「関数に対する」演算子に対応する」は微妙に誤りで(なのにオブザーバブルな演算子って平気で言うんですよ物理屋は^^;)、「内積」が物理量の期待値の二条に比例するということです。ご存知とは思いますが。
あとは内積の定義の問題で、難しいことをおっしゃる先生もいますが、まぁ、そういうのはとばかして
<u,v> >= 0
じゃないと三角不等式が成り立たない(内積空間じゃない)じゃないですか。それだけ。
でもまぁ確かに
> 普通は観測される量が実数であることが仮定されているように思います。
暗黙の了解でそれはあります。
> そもそも、測度はどうやって与えるのですか?と聞くほうが正しいのかな。
> もともと確率を仮定してしまうと、その確率について測度を構成できるようにも
> 思われますが、それだと…。
これは難しいはなしですね。だから逃げてます。
> 二乗可積分系においては、と慎重に書いておきますが
ん…
質問に答えていないかな…(^^;)
>>87
>パニックに陥って別種の地雷を踏んだようですね。
とても面白い表現ですが、パニックに陥っているのはあなたではないでしょうか。
そんなに自分のプライドを守るのが大切なのですかね。
なんで基礎的な単語をいちいち解説しなければならないのだろう…。
「生成演算子」とは、ものすごく簡単かつ乱暴に言えば、
n個の粒子数をもつ系において、1つ粒子を増やすような働きをする演算子のことです。
「消滅演算子」とは、同様にn個の粒子数をもつ系において、
1つ粒子を減らすような働きをする演算子のことです。
もちろん、これらの表現は必ずしも正確ではありませんが。
演算子が「エルミート」的である、ないしエルミート性をもつとは、
その演算子が「(エルミート)内積」に関して対称的であることを意味します。
以前に説明した「収縮」の話のように、固有状態の和(一次結合)として表現される状態について、
固有状態の成分同士を、片方は複素共役を取って掛け合わせて和を取る演算のことを内積と呼びます。
このとき、ある演算子と二つの状態について、一般には、片方の状態に演算子を作用させたものと
もう片方の状態の内積は、演算子を作用させる状態を入れ替えた場合に得られる内積とは異なります。
たとえば、生成演算子aと、粒子数が純粋にn個の状態と純粋にn-1個の状態について考えます。
粒子数がn個の状態にaを作用させて、n+1個の状態とn-1個の状態の内積をとることを考えると、
これらの状態は両立することはなく、内積は0になります。
一方で、粒子数がn-1個の状態にaを作用させれば、n個の状態とn個の状態の
内積をとることになり、これらの状態は「必ず」両立するので、その内積は1になります。
そうすると、生成演算子はエルミート性を持たない演算子である、と結論されます。
「オブザーバブル」とは、量子力学における観測可能な物理量(演算子)を表します。
量子力学においては、「観測される値は演算子の固有値である」という規約があり、
更にその固有値には実数であることを要求して、
固有値が実数である演算子のことをオブザーバブルと呼びます。
>>79のとおり、オブザーバブルはエルミートです。
生成演算子はエルミートでないので、観測可能ではないということになります。
しかし、生成演算子によって表現されるような規則性は、確かに見出されるわけです
(生成演算子「そのもの」を観測できるというわけではありませんが)。
※規格化はさすがに面倒だったので、その辺は許してください。
>>88
測定が演算子に対応すると言ったほうがよいのですかね?
> まぁ、そういうのはとばかして
> <u,v> >= 0
> じゃないと三角不等式が成り立たない(内積空間じゃない)じゃないですか。それだけ。
というのは割とあどほっくなようにも聞こえますが、
たぶん>>80-81に答えるのは相当難しいんじゃないかと思います。
僕はよく知りません(^^;
>>90
>なんで基礎的な単語をいちいち解説しなければならないのだろう…。
なんでもなにも、あなたは量子力学が分からない人に
教えてあげたいのでしょう?
私もスレ主さんも他の量子力学について興味がある方々みんなが、
あなたが量子力学を教えてくれるのを歓迎すると思いますが。
プライドの話はきっとあなた自身が気にしてるのでしょう
(どうしてそう無闇に喧嘩腰なのか。変な人ですね)。
とりあえず>>90の説明部分は最近のあなたから貰ったレスで
もっとも有益なものです。
あ、そういう意味じゃなくて、単に複素数値関数ではなく
内積なのだという話だったのでしょうか。
はさんだ。
>>91
不思議なことに、あなたのレスの内容はどんどんなくなっていくんですね。
まあ、最初から「誤りの」内容だったので大差はないでしょうが。
>>93
相変わらず肥溜めから吠え立てるようなことを言う人ですね。
sun猿@肥溜め氏と呼ばれたいのでしょうか。
>>94
それは量子についての話ですか?
>>86より、
>>>84
>あなたはかつて
>>今ではそれを例えば場の量子学では電子場の振動とすることによって、様々なことが説明できるわけですが。
>といったのですが。
>ここでいう電子場の振動とは何を意味するのですか?
などの質問には回答して頂けないのですか?
>実際に読んで具体的にどこがどう違うのかを指摘するのが筋です。
少なくとも>>60の引用部分については、>>63に指摘しておきました。
他の部分については…、引用部分を見る限り、あまり読んでみる気になれないですね。
読書時間は有意義に使いたいので。
>仮にも教授が(しかも現役の)いいかげんな事を書くとは思えません。
>彼は物理学のPh.D取得者で正しい知識のある人です。
人文系においては、権威を得た研究者の発言を素人が批判するのは困難でしょうが、
理学系では、どこの教授が書こうが変なものは変で、最低限の勉強をした者には
それが分かってしまう…ということは珍しくありません。
山田教授の「虚数は実在しない数です。」も、
大槻教授の「ミステリーサークルはプラズマです。」も、明らかに変です。
>言葉になりきっていません。行列(0 -1)(1 0)を言葉で説明できないのであればあなたは行列のなんたるかを本当は知らないということです。
「複素数体は、実二次行列表現を持つ。」と書けば言葉になりきるのですが、基礎知識がないと、かえって意味が掴みにくいでしょう。
言葉を選んだからこそ、あのように書いたのだと思いますよ。高校程度の数学があれば、あれで理解できるのではないかと思いますが。
>物理学は観測できるものだけを実体とするのです。
私は、TVで株式市況を見ても、映画「マトリックス」のオープニングを思い出すだけで、何も見えてこないのですが、
それと同じような目で実験データを眺めていても、物理学にはならないでしょう。
観測されたデータを説明するとは、それを記述するモデルを構成することです。
実数(桁数の多い有理数?)の系列を説明するモデルの中に、複素数が現れても何の問題もありません。
「実験ノートに書いてあった数字は実数だけだった」では、何の説明にもなっていません。
虚数も使って計算して、そこから導かれた実数値が実験結果とよく合うならば、それは有用なモデルです。
有用なモデルの中で、ある複素変数がまとまった振る舞いをするならば、
複素数だから存在するとかしないとかいった形而上学的な思い込みは捨てて、ある複素数の量が存在すると
いうことにしてしまうのが「実践的」の意味です。その際、「存在」は単なる言い回しに過ぎません。
「実体」か否かとか、本当に存在するかとか、問うことが全く意味を持たないのです。
この辺の言い回しは、「粒子の存在確率」などの言葉にも同様に現れます。
「|ψ|^2 が粒子の存在確率密度を表す」と言うとき、なにも粒子が実在すると考えているのではなく、
「粒子が検出されるという事象の生起する確率密度が |ψ|^2 に比例している」ということを
そのような修辞で表している訳です。
そこを誤解すると、波動関数は実体であるか?とか、虚数は実在するか?とかいった
無意味な論点が沸いてきてしまいます。そのようなものを排除するためには、自然言語ではなく、数学(という言語)で
現象および理論を記述することが役に立ちます。「言葉になりきっていません。」は、これに逆行するものです。
>もちろんこういったことが量子力学を誤解させたり分かりにくくさせている元凶かもしれません。
その通りです。実は分かっているじゃないですか。
正にその点について、そのへんの一人か二人が批判しているのです。
>>90
測定「する」ということを演算子に対応させるちとえらいことになります。思い切って言っても、どういった「種類」の測定かというのが演算子が示唆する(遠回しな表現ですが)というくらいですかねぇ。
>>93
>不思議なことに、あなたのレスの内容はどんどんなくなっていくんですね。
これがあなたのやり方だからですから。あなたの文章をコピペして変更を加えただけということに気付いて戴けましたか。
>それは量子についての話ですか?
さあ。>>93のレベルに合わせてあげただけです。
>>95
>ここでいう電子場の振動とは何を意味するのですか?などの質問には回答して頂けないのですか?
ええ。>>69の目次の質問にも回答して頂けないようなので。
>>96
>山田教授の「虚数は実在しない数です。」も、大槻教授の「ミステリーサークルはプラズマです。」も、明らかに変です。
一つの文章を単体でしか考えないからじゃないですか?
>>97
>高校程度の数学があれば、あれで理解できるのではないかと思いますが。
数学の基礎知識が必要であるような説明ならばそもそも「言葉」になりきっていないのです。
>>物理学は観測できるものだけを実体とするのです。
>観測されたデータを説明するとは、それを記述するモデルを構成することです。
あなたも読解力に相当難があるようですね。
>>98
測定することというよりは、測定器具(を整えること)のつもりです。
手元の本では物理量は測定器具の同値類として導入されていたので。
>>99
本質的な話は何もないのですね。
虚数云々というのは、あなたが固執する質問の前にしていた質問であり、
またあなたが固執する質問については
「確率解釈的な議論をはじめにしてから理論が展開される」
ということをだいぶ前に答えているのですが。
虚数や行列がどうしても「苦手」ならば、
>では逆に、あなたはなぜ観測値が実数だと思うのですか?
>実数というのは有理数を完備化して得られる数ですが、
>観測値を有理数でなく実数だと考えるのはなぜですか?
>(さらには、有理数どころかある単位の繰り返しによる
>離散的な目盛である場合もあるわけですが…。)
なんていう質問も放置されていますよ。
これなら、わかるでしょう。
あなたは「実数の実在」にかなりこだわっていたのですから、
実数が何であり、なぜ実数なのか、ということも説明できるのでしょう。
ちなみに、
(0 -1)
(1 0)
の応用例を簡単に説明すると、(e1,e2)という順序を区別する組を、
(-e2,e1)という順序を区別する組で表現する場合の変換の規則を与えます。
※実数というのは、数列の同値類の一つとして定義される場合があるのですから、
それが「実在する何か」であるかどうかということと、定義が抽象的であるかどうかは
別の議論でしょう。
keita さん。sun猿節の流れであなたに対してフェアな対応では
ありませんでしたね。きちんと回答します。
>>96
>人文系においては、権威を得た研究者の発言を素人が批判するのは困難でしょうが、理学系では、どこの教授が書こうが変なものは変で、最低限の勉強をした者にはそれが分かってしまう…ということは珍しくありません。
人文系でも理学系でもそのようなことに違いはありません。確実な証拠があれば素人でも権威を得た研究者の発言を批判できるのは、人文系でも理学系でも当然のことです。あなたやsunsar氏は充分な証拠があると思って批判しているのでしょうが、私から見れば、二人はシュレーディンガー方程式に対する知識や読解力の不足で誤解しているだけのように見えます。
>>97
>行列
行列の意味を言葉で表しなさいと言ってるのに「高校程度の数学があればあれで理解できる」と言う返答で誤魔化してきちんと説明しようとしないのは、ズボラなのか、知らないから言えないかのどちらかでしょう。
>「|ψ|^2 が粒子の存在確率密度を表す」と言うとき、なにも粒子が実在すると考えているのではなく、「粒子が検出されるという事象の生起する確率密度が |ψ|^2 に比例している」ということをそのような修辞で表している訳です。
何度も言いますが、皆それと同じ意味のことを訴えているだけです。
幻の相手に向かって。
>そこを誤解すると、波動関数は実体であるか?とか、虚数は実在するか?とかいった無意味な論点が沸いてきてしまいます。
たぶん誰も誤解していないと思いますよ。ただ、相手が何を言っているかというのを誤解しあっているだけでしょう。だから、ありもしない問題を作り出して意味のない遣り取りをし続けていると言ってるのです。話が噛みあっていない事に気付かないのですか?
>>もちろんこういったことが量子力学を誤解させたり分かりにくくさせている元凶かもしれません。
>その通りです。実は分かっているじゃないですか。正にその点について、そのへんの一人か二人が批判しているのです。
その点について批判したところで、今までの慣習を変えられるわけじゃないでしょう?だから現実社会の歴史を抱え込んだ学問だと言ってるのです。その不満を私や山田教授にぶつけても仕方がないのです。文句を言いたいだけならsunsar氏と二人で駄弁っていればいいのです。
>>100
>あなたが固執する質問については「確率解釈的な議論をはじめにしてから理論が展開される」ということをだいぶ前に答えているのですが。
そんな答えしかできないのでしょうか。
つまり目次の内容を全く説明できないわけですね。
>虚数や行列がどうしても「苦手」ならば、
「苦手」か「得意」かという問題ではなく、あなたは言葉で説明できるのか、と言ってるのです。行列の話とシュレーディンガー方程式からでる波動関数に虚数があることに何か関係があるのでしょうか。まさか「どっちも虚数だから」などといった幼稚な答えはしませんよね。
>あなたは「実数の実在」にかなりこだわっていたのですから、実数が何であり、なぜ実数なのか、ということも説明できるのでしょう。
>※実数というのは、数列の同値類の一つとして定義される場合があるのですから、それが「実在する何か」であるかどうかということと、定義が抽象的であるかどうかは別の議論でしょう。
「実在する何か」であるためには対象が抽象的であってはいけないでしょう。別の議論どころかそれが議論の論点となるべきです。
問題の一文がどんなコンテキストで使われているかをよく考慮して下さい。物理学でいう「観測できる空間」は1次元の時間と3次元の空間という4次元時空で、その空間のどこかに何かが存在する場合、4個の実数の組で表します。虚数はその組に入れない、だから虚数はその組の中に存在できない、虚数が入った組は目の前の四次元空間と対応できない、というほどの意味だと理解しています。つまり山田教授が言ってる事を簡単に言えば「波動関数の式、古典物理の波のようなものは目の前にないよ」ということに過ぎないと私は理解しています。
前も言いましたが、上のようなことがはっきり書いてある文献を探したのですが、なぜか見つかりません。metolaさんの仰るように、それは「暗黙の了解」だからかもしれません。
数学では様々な「空間」を扱いますね。それは数学が「概念」を対象としているからです。しかし、物理学の対象は「概念」でなく「現実世界」です。いくら量子力学が古典物理とは違うとはいえ、対象は現実世界をつくりあげている「何か」です。それは「物質」とは呼べないものかもしれませんが、決して「概念」ではありません。数学と物理学の対象は違うということをもう少しよく考えてみるべきでしょう。
ずっと読んでみたけど、なんだかんだで誰も量子のことは理解していないようだね。知ったかぶりだね。
>>101
>物理学でいう「観測できる空間」は1次元の時間と3次元の空間という4次元時空で、その空間のどこかに何かが存在する場合、4個の実数の組で表します。
いろいろな意味で、違います。。。
そもそも
>その空間のどこかに何かが存在する場合
という概念には意味がないのだと何度言えば。
>>16の
>そして、量子は位相空間上の一点では表せない。
でも百回見直したほうがよいと思いますが。
さらに、最近は10次元である可能性なども示唆されています。
まだ可能性の示唆にすぎませんが。
また、四個の実数の組として虚数を表現する方法は上で与えたばかりですが。
相対論的にも、tをictとして用いる場合はよくあります。
>>102
勝手に俺のHNを使って、他人を誹謗中傷するような書き込みをするな!
>>101
>数学の基礎知識が必要であるような説明ならばそもそも「言葉」になりきっていないのです。
数式は言語です。それを「言葉」と考えられないのは、その言語に関する知識が不足している
だけのことです。私も、ロシア語で話しかけられたりしたら、そうなります。
ピタゴラス学派の講堂の入り口には、「幾何学を知らざるに者、入るべからず」と刻んであった
そうですね? なぜだか分かりますか?
>>103
>いろいろな意味で、違います。。。
正確には極座標で表現されていると言いたいのでしょう?しかし極座標は3個の実数の組に変換できます。要点は、シュレーディンガーの方程式は実数の空間で表現されているということです。
>その空間のどこかに何かが存在する場合という概念には意味がないのだと何度言えば。
誤解を認識しないままで話をしても堂々巡りですが。「その空間のどこかに何かが存在する」のは古典物理の話じゃないのですよ。「何か」が目の前の空間のどこかに存在するのはあなたも同意するところでしょう?それとも「何」も目の前の空間のどこかに存在しないとでも思っているのですか?「何か」が目の前の空間以外に存在するならそれはどこだと思っているのですか?「位置が確定しない」と言うのは位置の概念を否定するものではないのですよ。
>>>16の>そして、量子は位相空間上の一点では表せない。でも百回見直したほうがよいと思いますが。
あなたは千回見直したほうがよいですよ。
「一点では」と書いてあるでしょう。
>最近は10次元である可能性なども示唆されています。
超弦理論ですか、、。今そういう話はしてないのですがね、、。
その10次元にしたって、数学的表現に過ぎないのです。
>相対論的にも
シュレーディンガー方程式は相対論をカバーしていません。
>>105
>数式は言語です。
比喩的な表現ではそういえますが、正確には、数式≠言語、です。
数式も言語も記号だ、というのなら話はわかります。
>>上記の二人以外の全ての人へ
、、、この二人の相手をしているといつまでたっても話が食い違ったままで、いい加減、疲れ気味です。誰か彼らのおもりを代行して戴ける方はいらっしゃいませんか。
>>101は誤解を生みそうなので補足。
数学的な概念として表現されている量子力学の式の数々は四次元世界に実在する「対象」そのものを表しているのではなく、その「対象」を間接的に説明しているだけである。よってその式が四次元世界に実在しないという発言は決してその「対象」自体が四次元世界に実在しない、ということではない。
物理学では「対象」が四次元世界に実在するものである。物理学である限り量子力学の式は(少なくともΨは)四次元世界に実在する「対象」を表しているはずだが、その表現方法は純粋に数学的である。「観測」は四次元世界に実在する「対象」するものに対する行為である。「実在しない数の入っている波など、いったいどうやって観測できるというのでしょう」という発言は、「この四次元世界に観測できない」ということを意味しているのであって、それはおかしいことではない。
というのが主旨です。
>>103
>いろいろな意味で、違います。。。
正確には極座標で表現されていると言いたいのでしょう?しかし極座標は3個の実数の組に変換できます。要点は、シュレーディンガーの方程式は実数の空間で表現されているということです。
>その空間のどこかに何かが存在する場合という概念には意味がないのだと何度言えば。
誤解を認識しないままで話をしても堂々巡りですが。「その空間のどこかに何かが存在する」のは古典物理の話じゃないのですよ。「何か」が目の前の空間のどこかに存在するのはあなたも同意するところでしょう?それとも「何」も目の前の空間のどこかに存在しないとでも思っているのですか?「何か」が目の前の空間以外に存在するならそれはどこだと思っているのですか?「位置が確定しない」と言うのは位置の概念を否定するものではないのですよ。
>>>16の>そして、量子は位相空間上の一点では表せない。でも百回見直したほうがよいと思いますが。
あなたは千回見直したほうがよいですよ。
「一点では」と書いてあるでしょう。
>最近は10次元である可能性なども示唆されています。
超弦理論ですか、、。今そういう話はしてないのですがね、、。
その10次元にしたって、数学的表現に過ぎないのです。
>相対論的にも
シュレーディンガー方程式は相対論をカバーしていません。
>>105
>数式は言語です。
比喩的な表現ではそういえますが、正確には、数式≠言語、です。
数式も言語も記号だ、というのなら話はわかります。
>>上記の二人以外の全ての人へ
、、、この二人の相手をしているといつまでたっても話が食い違ったままで、いい加減、疲れ気味です。誰か彼らのおもりを代行して戴ける方はいらっしゃいませんか。
>>101は誤解を生みそうなので補足。
数学的な概念として表現されている量子力学の式の数々は四次元世界に実在する「対象」そのものを表しているのではなく、その「対象」を間接的に説明しているだけである。よってその式が四次元世界に実在しないという発言は決してその「対象」自体が四次元世界に実在しない、ということではない。
物理学では「対象」が四次元世界に実在するものである。物理学である限り量子力学の式は(少なくともΨは)四次元世界に実在する「対象」を表しているはずだが、その表現方法は純粋に数学的である。「観測」は四次元世界に実在する「対象」するものに対する行為である。「実在しない数の入っている波など、いったいどうやって観測できるというのでしょう」という発言は、「この四次元世界に観測できない」ということを意味しているのであって、それはおかしいことではない。
というのが主旨です。
>>106
おお。
とうとう、はっきりと誤りを書いてくれましたね。これはありがたい。
>「その空間のどこかに何かが存在する」のは古典物理の話じゃないのですよ。「何か」が目の前の空間のどこかに存在するのはあなたも同意するところでしょう?それとも「何」も目の前の空間のどこかに存在しないとでも思っているのですか?「何か」が目の前の空間以外に存在するならそれはどこだと思っているのですか?「位置が確定しない」と言うのは位置の概念を否定するものではないのですよ。
特に、
>「何か」が目の前の空間のどこかに存在するのはあなたも同意するところでしょう?それとも「何」も目の前の空間のどこかに存在しないとでも思っているのですか?
はい。これは初心者にありがちな誤りですが、「どこかに存在する」訳ではないんですね。
観測をすれば、確かに「ある一点において検出される」という意味では「どこかに存在」します。
しかし、観測をしなければ、どこにも「存在」はしないのです。
それが、>>64の意味です。
同じ事を、少し違う言い方で説明しましょう。
位置を観測すると、位置は「どこか」に決まります。
では、このとき運動量はどうなるでしょうか?
答えは、こうです。
「位置が一つに決まるような状態においては、運動量は一つの値をもつものとしては存在しない」
これは一見奇妙な振る舞いであるように感じられるかもしれませんが、
そもそも我々が観測をしていないときに、物体が粒子的に振舞う
(確定的な位置、運動量etc.の値を持つ)「必要」はどこにもないわけです。直感とは反しますが。
量子力学は、位置について物体が粒子的であるときには運動量について粒子的でなく、
運動量について物体が粒子的であるときには位置について粒子的でありません。
僕の主張がおかしいと思うならば、たとえばmetolaさんにでも意見を求めてみてはどうでしょう。
ほとんど同じ説明が返ってくると思いますよ。
一応、その他の部分にもメスを入れておきますか。>>107-108は決定的ですが。
>正確には極座標で表現されていると言いたいのでしょう?しかし極座標は3個の実数の組に変換できます。要点は、シュレーディンガーの方程式は実数の空間で表現されているということです。
残念ながら、できません。
変数変換を、3個の実数の組と3個の実数の組の変換だと考えているうちは、失敗します。
座標の変換は、運動量の変換も相互に必要とします。
>あなたは千回見直したほうがよいですよ。
>「一点では」と書いてあるでしょう。
一点では表せないのは、なぜだと思いますか?
もし粒子が「存在」しているならば、それは位相空間上の一点(ないし適当な世界線)で表現されます。
>その10次元にしたって、数学的表現に過ぎないのです。
今後の観測の結果によれば、そうとも限りません。
>数学的な概念として表現されている量子力学の式の数々は四次元世界に実在する「対象」そのものを表しているのではなく、その「対象」を間接的に説明しているだけである。よってその式が四次元世界に実在しないという発言は決してその「対象」自体が四次元世界に実在しない、ということではない。
ほら、>>64で切り捨てたはずの実在論に逆戻り。。。
さらについでに。
>>64より
>パラドックスを持つ結果に至ってしまうのは、擬実在論的哲学による量子概念の誤用にすぎない。
という主張は、あなたの言うようなパラドックスなどどこにもないのだということですが。
>>108->>110
誰もおもりしてくれないみたいですね。当然と言えば当然ですが。
>とうとう、はっきりと誤りを書いてくれましたね。
あなたの言によると私は初めから偽しか書いてないのでしょう?いまさら誤りを書いたと言われても何も驚きませんね。狼少年の叫び声には飽きました。
>観測をしなければ、どこにも「存在」はしないのです。
観測をしなければ、どこにも「存在」はしないのは「粒子」ですよ。
あなたは観測をしたとたん「粒子性と波動性を持つ何か」が時空に現れ出でるとあなたは考えているのですね。それまでは【どこにも】【何も】存在していないというのですね。では何故観測する前に波の性質が見られるのでしょう?何が二重スリットの干渉を起こさせているのか「言葉で」説明してもらえますか?
>僕の主張がおかしいと思うならば、たとえばmetolaさんにでも意見を求めてみてはどうでしょう。ほとんど同じ説明が返ってくると思いますよ。
「粒子」と「粒子性と波動性を持つ何か」を混同している箇所を除いては、全体として言ってる事はおかしくないですよ。そのくらい私も知っていますから。あなたの問題はそのような基本的なことを私が知らないと妄信していることです。
>変数変換を、3個の実数の組と3個の実数の組の変換だと考えているうちは、失敗します。
何が「失敗する」のか知りませんが、極座標は3個の実数の組に変換できるのは事実です。極座標を使って3次元空間の一点の位置を表示しようが3次元空間座標で3次元空間の一点の位置を表示しようが同じ事です。それらは実数の組で表されます。物理で扱う目の前の空間は実数で表されるという簡単なことを言っているのがわかりませんか。
>一点では表せないのは、なぜだと思いますか?
一点で表せるのが古典力学だからです。波束の幅、Δxという位置の不確定さで表す(一点で表せない)のが量子力学です。
>今後の観測の結果によれば、そうとも限りません。
そうと決まってから話題にしましょう。
>ほら、>>64で切り捨てたはずの実在論に逆戻り。。。
好い加減勘違いから脱却しましょう。
>あなたの言うようなパラドックスなどどこにもないのだということですが。
あなたは「私の言うパラドクス」が何かわからないのでしょう?わかりもしないものが「ない」と言うのは全く論理的ではないですね。数学をやっているのにあなたは論理的思考ができないようですね。教科書の丸覚えしかしてなくて応用の利かない人ですか?
>観測をしなければ、どこにも「存在」はしないのは「粒子」ですよ。
あなたは観測をしたとたん「粒子性と波動性を持つ何か」が時空に現れ出でるとあなたは考えているのですね。それまでは【どこにも】【何も】存在していないというのですね。では何故観測する前に波の性質が見られるのでしょう?何が二重スリットの干渉を起こさせているのか「言葉で」説明してもらえますか?
あなたのいう「存在」とは何ですか?
僕はそれと全く同じ事を大昔にすでに言っている上に、あなたは>>82で
>物理学は観測できるものだけを実体とするのです。いつになったら理解できるのですか?
と言っているのですが。
どこが観測できるものだけを実体としているのですか?
>何が「失敗する」のか知りませんが、極座標は3個の実数の組に変換できるのは事実です。極座標を使って3次元空間の一点の位置を表示しようが3次元空間座標で3次元空間の一点の位置を表示しようが同じ事です。それらは実数の組で表されます。物理で扱う目の前の空間は実数で表されるという簡単なことを言っているのがわかりませんか。
あなたは知らないのかもしれませんが、量子力学においては、
座標は運動量とセットで意味をもつものなのです。
そして、座標を変換するためには、相互に運動量の変換も必要とするのです。
3個の実数の組と3個の実数の組の対応ではなく、
「3個+3個の実数の組と3個+3個の実数の組の対応」なのです。
これは、本質的には
「3個の複素数の組と3個の複素数の組の対応」と同じようなもので、
位置と運動量がセットで一つの意味をもつことを意味しています。
>>112
>あなたのいう「存在」とは何ですか?僕はそれと全く同じ事を大昔にすでに言っている
意味不明ですね。「僕はそれと全く同じ事を大昔にすでに言っている」のに「何ですか?」と聞くというのは。下の質問に答えて下さい。
>観測をしなければ、どこにも「存在」はしないのは「粒子」ですよ。観測をしたとたん「粒子性と波動性を持つ何か」が時空に現れ出でるとあなたは考えているのですね。それまでは【どこにも】【何も】存在していないというのですね。では何故観測する前に波の性質が見られるのでしょう?何が二重スリットの干渉を起こさせているのか「言葉で」説明してもらえますか?
>座標を変換するためには、相互に運動量の変換も必要とするのです。
そういった「変換」でなく。極座標の位置は3次元空間の位置に変換できるという簡単なことを言っているということが分からないのですか?
>>113
>何が二重スリットの干渉を起こさせているのか「言葉で」説明してもらえますか?
二重スリットの干渉を起こさせているのは、二重スリットです。
干渉が起きる理由は、量子がそういものだから、としか言えません。
粒子性と波動性をもつ何かが存在している、というのは僕が一番最初に述べたことです。
しかし、あなたは>>82で
>物理学は観測できるものだけを実体とするのです。いつになったら理解できるのですか?
と述べた直後に「存在」という語を用いている訳です。
>>82におけるこの文章は明らかに誤りであったことは認めますか?
>極座標の位置は3次元空間の位置に変換できるという簡単なことを言っているということが分からないのですか?
まず、言葉がめちゃくちゃですが。
極座標も、あなたがおそらく直交座標のつもりで用いているであろう三次元空間も、三次元空間です。
正確には、極座標も直交座標も、三次元空間に対応しているにすぎません。
あと、シュレディンガー方程式などの運動方程式は
正準共役な位置と運動量について記述されるのであって、
極座標によって記述されると限定されているわけではありません。
そして、ここからが最も重要ですが。
あなたは「存在」として「二重性を持つなにか」を与えているのに、
なぜ「二重性をもつなにか」が空間における点として表現されるのですか?
たとえば、運動量の固有状態においては、位置は文字通り「全く」定まりませんが。
>>100
> 測定することというよりは、測定器具(を整えること)のつもりです。
> 手元の本では物理量は測定器具の同値類として導入されていたので。
うぃ。そうですね。もっと突っ込むと、検証の集合というべきかもしれません。いうまでもなく量子力学の対象はあくまでも検証(あるいは実験といってもいいけど)の結果の統計的な性質にすぎません。
まぁ、これ以上深入りは禁物でしょうね。どこまでを測定器具ととらえるのかというequilibriumさんが平衡を失ってしまいそうな甘い罠がまっているので…(^^;)
位相空間に関する記述を読む限り、equilibriumさんは、もう一度解析力学を勉強しなおしたほうがよいのでは?
>>106
> 物理学では「対象」が四次元世界に実在するものである
>>64のペレス先生は実に上手に文章をかいておられます。
>パラドックスを持つ結果に至ってしまうのは、擬実在論的哲学による量子概念の誤用にすぎない。
>擬実在論的哲学 ですよ、
>擬実在論的哲学。
「物理学では「対象」が四次元世界に実在するものである」は完璧に間違いです。これは量子力学を勉強した人のうちほとんどの人が同意するはずです。
>>0
>>112にかいてあるように
> 位置と運動量がセットで一つの意味をもつことを意味しています
このような共役な変数を探すのが量子力学を勉強するミソともいうべきかもしれません。まぁテクニカルな話になっちゃいますが。
>>115
>まぁ、これ以上深入りは禁物でしょうね。どこまでを測定器具ととらえるのかというequilibriumさんが平衡を失ってしまいそうな甘い罠がまっているので…(^^;)
その話までいくと、ようやくエヴェレット解釈やらという話になりますが、
まあ「僕は」そんなに気にしている訳ではないので…。
>位相空間に関する記述を読む限り、equilibriumさんは、もう一度解析力学を勉強しなおしたほうがよいのでは?
行列もわからない人に、解析力学の勉強をさせるのは少々酷では、とも思いますね。
まあ、おそらくは「もう一度」どころか最初から勉強してませんが…。
きっと、「量子化」という言葉についても、漠然と「飛び飛びの値にすること」
という程度の認識でしかないんでしょうね。
共役な変数の意味がわからないと、交換関係の意味もわからないでしょうから、
結局量子化の意味もわからないでしょう。
>>114
>二重スリットの干渉を起こさせているのは、二重スリットです。干渉が起きる理由は、量子がそういものだから、としか言えません。
質問を勘違いしていますよ。何が二重スリットの干渉を起こさせているのかと聞いているのです。量子が「そういうもの」だから干渉が起こる、という発言は、そこにある何かが干渉を起こさせているということです。その何かが私の言う「対象」であって、それが目の前の3/4次元空間に存在しているということを言っています。
>>>82におけるこの文章。
何が問題なのかよく分かりません。「粒子性と波動性をもつ何かが存在している」しかし「物理学は観測できるものだけを実体とする」。なぜ「しかし」を置くのか分かりませんが。
>極座標も直交座標も、三次元空間に対応しているにすぎません。
「変換」という言葉で誤解を生んだようですね。そのことを言ってるのです。
>極座標によって記述されると限定されているわけではありません。
手元の資料が水素原子をシュレーディンガー方程式にあてはめたものだったので極座標で記述されていました。また、原子に束縛されていない自由な電子も極座標によって記述できるということも書いてありましたので。
>なぜ「二重性をもつなにか」が空間における点として表現されるのですか?
そんなことは言ってませんが。量子力学ではそれができないわけですから、波動関数で量子の状態を利用して粒子の物理量を出しているのですから。また何か誤解が起きています。
>>115
>まぁ、これ以上深入りは禁物でしょうね。どこまでを測定器具ととらえるのかというequilibriumさんが平衡を失ってしまいそうな甘い罠がまっているので…(^^;)
強制はしませんが、説明できるのであれば説明して戴きたいと思います。
>もう一度解析力学を勉強しなおしたほうがよいのでは?
もう一度、というより、一度も解析力学を勉強したことはないので。「文系の人」ですから。位相空間に関する記述について変なことを言っているならば、どのように変なのか説明して戴きたいと思いますが、強制はしません。そもそも私は式についての話に参加しない積りでしたが、sunsar氏が何故か引き込もうとするのです。「文系の人」と分かっているのに何故でしょう。
>「物理学では「対象」が四次元世界に実在するものである」は完璧に間違いです。これは量子力学を勉強した人のうちほとんどの人が同意するはずです。
「量子力学で使用される式」と「対象」を誤解してませんか? ペレス先生が仰っているのは「量子力学で使用される式」を「対象」と思い込んでしまうという事でしょう? 私は「式」でなく「対象」のことを言ってるのですが。
>>117
>その何かが私の言う「対象」であって、それが目の前の3/4次元空間に存在しているということを言っています。
大方の「まともな」物理学者の見解は、そうではありません。
たとえば、位置と運動量の6次元の空間に「広がっている」対象を、
われわれが3次元の空間にあるかのように検知する、という表現が、
少なくとも今引用した主張よりは適切な考え方です。
ただし、この表現もいろんな意味で正確な言い回しではありません。
まず、スピンが考慮されていません。
スピンは、値域が限定的ではあるものの、「5次元目」の自由度です。
さらに、そもそも状態というのはヒルベルト空間であって、
一般には(必ずしも可算でない)無限次元であり、
われわれはその無限次元の空間の中のある状態として「ぼんやり」存在している、
という立場もあります。
おそらくあなたは理解できていないと思いますが、アインシュタインの仮定によれば、
あなたが「存在」として重要視している位置だけではなく、
たとえば運動量も「存在」に寄与するわけです。
なぜあなたは存在を位置に限定して考えるのですか?
うーん。そうですね。あなたの好きな「哲学」の話になりますが、
あなたはコウモリがどのようなクオリアを感じているか考えたことはありますか?
よく知られるとおり、コウモリは音波の反響によって、三次元的な構造を把握するわけです。
これから、考えを一歩進めて、「コウモリ」にとっての「視覚」は、
光の刺激によるのではなく音の刺激によるとします。
ここで「コウモリ」としたのは、これが普通のコウモリであるということを主張しているのではなくて、
たとえばコウモリ型のロボットでも何でもよいのですが、
われわれにとっての光(視覚)を音と入れ替えたような
感覚空間を持つ存在ということです。
さて、この考え方とのアナロジーで、我々がいま「位置」と認識しているものを
「運動量」として、「運動量」として認識しているものを「位置」として認識するような
不思議な「ロボット」がいたとすれば、そのような「ロボット」は
「自分たちは運動量と時間によって構成されている4次元の空間にいるのだ」
と主張すると思いますか?
仮にも哲学がお好きであれば、時間の矢がなぜそろっているのかという話について、
「人間の構造的に、情報が保存されているような方向を過去と感じるから、
少なくともその個人については時間の矢が過去から未来を向いているのだ」
という話を聞いたことがあると思いますが、上の話はこの話とも類似です。
さて、これを踏まえて、まだ「4次元」が本質的であると思いますか?
まあだから、位置だけを「存在」とみなすような考え方自体が、
結局本質的に粒子的な考え方なのだということです。
共役な変数とセットで初めて意味をもつ、という主張の意味を理解してほしいところです。
>>117
>量子が「そういうもの」だから干渉が起こる、という発言は、そこにある何かが干渉を起こさせているということです。
>その何かが私の言う「対象」であって、それが目の前の3/4次元空間に存在しているということを言っています。
干渉が観測されることで保証されるのは、干渉という現象の存在であって、それを引き起こす「対象」の存在ではありません。
その「対象」は、観測された干渉を説明するためのモデルとして、空想されたものに過ぎません。
もちろん、「『対象』を含むモデルを使えば、現象を上手く説明できる」という意味で、修辞的に「『対象』が存在する」
と言っても構わないのですが、その際に言う「存在」と、「目の前の3/4次元空間に存在」の「存在」は、語義が違います。
ひとつの文章内で断りなく混用すれば、話が混乱するだけでしょう。
用語をどちらか一方に整理したほうが良い。因みに、「『対象』が存在する」のほうの「存在」は、
以前に書いた「虚数は存在する」の「存在」と同じでしょう。
まず、話が混乱しているので少し整理しておきます。
●虚数発言について
「虚数は実数で表される4次元空間空間に存在しない」というくらいのことを言っているのだと私は理解します。まず量子力学の特性を忘れて下さい。何故なら本の中でこの時点ではまだ教授はデュアリティの量子力学的説明をしていないからです。教授が話しかけている読者は日常の波や粒子の概念しか持っていない層もカバーしなければならないということを思い出して下さい。
●「粒子性と波動性を持つ何か」について
「粒子性と波動性を持つ何か」は目の前の3/4次元空間に存在する、と私は発言しました。
「粒子性と波動性を持つ何か」≠「粒子性と波動性を持つ何かを表す式」。
よって、私の発言は【「粒子性と波動性を持つ何か」を表す式】が目の前の3/4次元空間に存在すると言っているのではありません。
●教授の虚数発言で問題にされている「存在」と、私が「粒子性と波動性を持つ何か」について問題にしている「存在」感は異なっています。私は単純に「何か」の物理的な存在を意味しているのに対し、教授は虚数が実数の空間に存在しないといった理論的な事から始めて、だから物理的な存在ではないという推論をしているように思われます(真相は本人に聞くしかありませんが)。
教授の発言を理解するに当たって、どのような読者層に対してなのか、説明のどの段階での発言なのかを考える必要があります。教授がその言い方から何を伝えたいのかを読み取るだけで充分だと私は思います。そのような全ての周辺情報までここで説明するのは不可能だったので、本のページ数を示しておいたのです。あなたが日本在住なら、図書館に行くなり本屋で立ち読みするなりして簡単にチェックできるはずです。
●話が混乱しているのは、教授の発言の問題と、私があなたと話していることを混同しているからのように思われます。
>>118
>次元
5次元以上の空間は数学的なモデル説明です。
>そもそも状態というのはヒルベルト空間であって
「状態」が目の前の3/4次元空間に存在しているわけじゃないでしょう?
【「状態」とか「場」で表現される現象を作り出す何か】がそこに存在していると言ってるのです。
>「自分たちは運動量と時間によって構成されている4次元の空間にいるのだ」と主張すると思いますか?
言ってる事は良く分かります。
つまり、目の前のこの空間は四次元空間とは限らない、ということでしょう?
>これを踏まえて、まだ「4次元」が本質的であると思いますか?
目の前のこの空間が四次元空間であるというのは「物理の世界の決め事」だと思っています。少なくとも教授はそのように考えているかそのような考えをベースにして説明していると私は理解しています。「「4次元」が本質的か」という意味が「必然的に四次元空間でなければならないか」という意味ならば、勿論そうではないと答えます。
>>121
>干渉が観測されることで保証されるのは、干渉という現象の存在であって、それを引き起こす「対象」の存在ではありません。その「対象」は、観測された干渉を説明するためのモデルとして、空想されたものに過ぎません。
あなたは「対象=状態」と思っているようですが、
私はそれを「対象」と言ってるのではありません。
>>122
何も混乱していません。
まず、僕は、教授がどうこうという話をしているのではなく、
あなたがどう考えているのかに焦点をあてているのです。
僕が、教授その人に焦点をあてたことは一度もありません。
教授の主張を引用したあなたにしか、焦点をあてたことはありません。
あなたは、
>物理学では「対象」が四次元世界に実在するものである
と主張したのです。
僕は、そんなことはない、と言っているのです。
>目の前のこの空間が四次元空間であるというのは「物理の世界の決め事」だと思っています。
と思うのは勝手ですが、実際にはそんなことはない、と言っているのです。
>5次元以上の空間は数学的なモデル説明です。
あなたは、
>「「4次元」が本質的か」という意味が「必然的に四次元空間でなければならないか」という意味ならば、勿論そうではないと答えます。
と言っています。
僕は人間原理を適用すれば、今のような形式でなければならないと思いますがそれはさておき、
四次元であることが必然的でないのに、なぜ上のような主張ができるのですか?
というか、そもそもあなたは四次元四次元と言いますが、
我々は四次元の空間において、世界線、すなわち一次元多様体になることぐらいは理解しているんですよね?
四次元空間は「目の前」には広がっていませんよ。
自分の世界線にとって、四次元空間が広がっているのです。
さらに言うと、きちんとした量子力学の解釈では、観測というt依存な行為によって
確率的に状態が遷移するのですから、四次元時空において量子の世界線
ないし世界「霧」を与えることはできません。
観測を行わないという前提では、そのような世界「霧」を与えることは可能ですが。
これも、四次元空間において存在する、と言ってしまえない理由のひとつです。
あと、スピンに関する話はどうしたんですか?
スピンは立派な自由度ですよ。
相対性理論はれっきとした「物理学」ゆえ、私がした言い方では明らかに間違いとなるので訂正しておきます。
× 物理で扱う目の前の空間は実数で表される
○ (どのように言ったら良いのだろう。適切な言い回しが思い浮かばないが)日常の物理的な空間における位置を表示するには通常実数が使われる。
× 目の前のこの空間が四次元空間であるというのは「物理の世界の決め事」だと思っています。
○ 目の前のこの空間が四次元空間であるというのは「ユークリッド幾何学でいう3次元空間に時間を1次元として加えたニュートンの絶対時空での決め事」だと思っています。
そうでしかないとか非ユークリッド幾何学や相対論的時空や多次元空間を否定している訳ではなく、日常的に自然に空間を捉える時、ユークリッド的、絶対的な3/4次元空間と考えるのが直感的で自然だということです。4/5次元以上の空間を考えるのは、そう考えると何かが説明がしやすくなるからです。4/5次元以上の空間は「目を使うことを断念しなければならない空間」です。3次元空間に存在する点を3個の実数の組で考えたように、5次元空間に存在する点は5個の実数の組、6次元空間に存在する点は6個の実数の組といったように数学的に考えて次元数を拡張しているだけです。
そもそもそういったことは反論にならないのです。この空間≠3/4次元空間、かつ、この空間=ヒルベルト空間もしくは10次元空間ならば、あなたと私の言ってる空間は結局同じ空間なのです。量子力学で、現象の説明に10次元だろうがヒルベルト空間が使われていようが、素朴にこの目の前の空間が3/4次元でそこに何かが存在していると言おうが、いやどこにも存在していない、しかしヒルベルト空間で現象が説明されているのだと言おうが、同じことにしかならないのです。ヒルベルト空間で説明されているのならばヒルベルト空間に現象が存在していることになり、ヒルベルト空間がこの空間の別の見方なのであれば、結局この空間に「何か」が存在していると言ってることになるのです。
対象がどこにも存在していないというのならば、どこにも存在していないものが何故この時空に存在するものに影響を及ぼせるのか、何故そのようなものが観測にかかるのか説明しなくてはならなくなります。
>>123
>教授の主張を引用したあなたにしか、焦点をあてたことはありません。
それでは教授がどのような意味で言ったかという説明を私は終えましたので、その検証をするにはあなたが教授に質問状を出すしかないということです。
>あなたは、物理学では「対象」が四次元世界に実在するものであると主張したのです。僕は、そんなことはない、と言っているのです。
「そんなことはない」と言うだけなら誰でも言えるので、どのように否定するのかをきちんと立論して下さい。
>目の前のこの空間が四次元空間であるというのは「物理の世界の決め事」だと思っています。
と思うのは勝手ですが、実際にはそんなことはない、と言っているのです。
これも、「実際にはそんなことはない」ことをきちんと立論して下さい。
>四次元であることが必然的でないのに、なぜ上のような主張ができるのですか?
上で説明したので読んで下さい。
>一次元多様体
説明して下さい。
>観測というt依存な行為によって確率的に状態が遷移するのですから、四次元時空において量子の世界線ないし世界「霧」を与えることはできません。
何度も言いますが、「状態」や「場」を私は「対象」と言っているのではありません。
>あと、スピンに関する話はどうしたんですか?
スピンはシュレーディンガー方程式でカバーされていません。何度も言いますが、シュレーディンガー方程式とΨについて話しているのです。
>>124
まず、簡単なところから。
>スピンはシュレーディンガー方程式でカバーされていません。何度も言いますが、シュレーディンガー方程式とΨについて話しているのです。
量子力学はシュレディンガー方程式のみによるわけではありません。
単純な量子力学でも、シュレディンガー方程式と量子条件(交換関係)によって記述されますし、
オブザーバブルがエルミートであるというのも条件であって
一種の「方程式」でもあるわけです。
スピンは、多少天下り的であることを除けば、交換関係によってきちんと定義できます。
>一次元多様体
多少の語弊を許せば、曲線のことです。
>何度も言いますが、「状態」や「場」を私は「対象」と言っているのではありません。
あなたが対象と呼ばないのは自由ですが、物理学的にはそれが対象であって、
すなわちあなたの言う意味での存在なのです。
>4/5次元以上の空間は「目を使うことを断念しなければならない空間」です。
これもいろいろな意味で違います。
まず、単純には視覚的な情報は2次元です。
しかし、それが時間変化することによって、3次元的な扱いができるだけにすぎません。
2次元の情報から3次元の情報が取り出せるのは、ひとえに経験のおかげでしかありません。
次に、視覚的な情報には色があります。
色の自由度は、人間の錐体細胞の数すなわち3つですので、
視覚は実際には5次元の情報であることになります。
ただし、色の自由度といわゆる平面の自由度は種類が違うので、
少し違う種類のものとして認識されますが。
そして。
どう説明すれば理解されるのか分かりませんが、
あなたの言う意味での「存在」や「対象」は、少なくとも物理学的には
「状態」という言葉で表現される何かなのです。
あなたは状態という言葉のイメージに引きずられていますが、
「状態」というのは基本的には重ね合わせの原理を満たすなにかでしかありません。
「状態」や「場」が「対象」なのです。
>>125
>量子力学はシュレディンガー方程式のみによるわけではありません。
話がどう展開していったか覚えてないのですか?
>>一次元多様体
>多少の語弊を許せば、曲線のことです。
それだけではちっともわかりませんが。
>あなたが対象と呼ばないのは自由ですが、物理学的にはそれが対象であって、すなわちあなたの言う意味での存在なのです。
ただの呼び名ではなく、対象と状態は別物だと言ってるのです。
あなたは混同しているようですが。
>>4/5次元以上の空間は「目を使うことを断念しなければならない空間」です。
>これもいろいろな意味で違います。
これはあなたの大好きな遠山啓がした説明です。
私はあなたの説明より遠山啓の方を信じます。
>「状態」というのは基本的には重ね合わせの原理を満たすなにかでしかありません。「状態」や「場」が「対象」なのです。
いいえ。「対象≠状態」です。何故なら、観測される「対象」についてもっと詳しく知るために「状態」を使って粒子の物理量などを計算、説明するものが量子力学だからです。それはちょうど「対象」と「言葉」の関係に似ています。「対象≠言葉」であるように、「対象≠状態」です。「対象」と「言葉」を混同し「言葉」を実在化してしまうことでパラドクスが起こるように、「対象」と「状態」を混同することで「状態」を実在化してしまいパラドクスが起きるのだろうと思います。
仮にどうしても物理学では「状態」or「場」=「対象」と呼ぶという決まりがあるのであれば、その意味で使われる「対象」という概念は私が言う4次元に存在する「何か」ではありませんから、「物理学では「対象」が四次元世界に実在するものである」という発言のうちの「対象」を別の言葉に変えるだけです。
引き続き、立論等の回答を待っています。
>>125
>量子力学はシュレディンガー方程式のみによるわけではありません。
話がどう展開していったか覚えてないのですか?
>>一次元多様体
>多少の語弊を許せば、曲線のことです。
それだけではちっともわかりませんが。
>あなたが対象と呼ばないのは自由ですが、物理学的にはそれが対象であって、すなわちあなたの言う意味での存在なのです。
ただの呼び名ではなく、対象と状態は別物だと言ってるのです。
あなたは混同しているようですが。
>>4/5次元以上の空間は「目を使うことを断念しなければならない空間」です。
>これもいろいろな意味で違います。
これはあなたの大好きな遠山啓がした説明です。
私はあなたの説明より遠山啓の方を信じます。
>「状態」というのは基本的には重ね合わせの原理を満たすなにかでしかありません。「状態」や「場」が「対象」なのです。
いいえ。「対象≠状態」です。何故なら、観測される「対象」についてもっと詳しく知るために「状態」を使って粒子の物理量などを計算、説明するものが量子力学だからです。それはちょうど「対象」と「言葉」の関係に似ています。「対象≠言葉」であるように、「対象≠状態」です。「対象」と「言葉」を混同し「言葉」を実在化してしまうことでパラドクスが起こるように、「対象」と「状態」を混同することで「状態」を実在化してしまいパラドクスが起きるのだろうと思います。
仮にどうしても物理学では「状態」or「場」=「対象」と呼ぶという決まりがあるのであれば、その意味で使われる「対象」という概念は私が言う4次元に存在する「何か」ではありませんから、「物理学では「対象」が四次元世界に実在するものである」という発言のうちの「対象」を別の言葉に変えるだけです。
引き続き、立論等の回答を待っています。
>それだけではちっともわかりませんが。
きちんとした定義をするためには、長い長い前提を必要とします。
その「長い長い前提」をあなたに理解させるだけの能力は、僕にはありません。
>私はあなたの説明より遠山啓の方を信じます。
遠山啓でも間違うことはあるでしょう。
アインシュタインですら間違ったのですから。
さて、色の自由度を無視する根拠は何ですか?
平面的な情報が3次元的であると主張する根拠は何ですか?
別に遠山啓先生に固執していただく必要はありませんので、
あなた自身の考えることを、明確に述べてください。
>いいえ。「対象≠状態」です。何故なら、観測される「対象」についてもっと詳しく知るために「状態」を使って粒子の物理量などを計算、説明するものが量子力学だからです。
もちろん丁寧に言い換えれば、観測される「対象」が「状態」をもつ訳です。
しかし、そのような「対象」は、もはやn次元空間の要素ではありません。
というのも、「対象」のもつ状態は一般には無限次元であって、
「対象」は無限次元のものを性質としてもつような何かとしか表現されないからです。
あなたは、どうしても「対象」が4次元空間的なものであると考えていますが、
そういうものではないのです。
では、別の考え方をしましょう。
シュレディンガー方程式による定式化は、ハイゼンベルグ方程式による定式化と等価です。
シュレディンガーは、状態のほうを時間変化するものと解釈しましたが、
ハイゼンベルグは、状態ではなく演算子(ハミルトニアン)のほうを
時間変化するものと解釈しました。
これらの二つは、少なくとも数学的には等価ですが、
あなたはなぜシュレディンガー方程式にこだわるのですか?
シュレディンガー方程式によらなければ、波動関数の実在云々ということは考えずにすみます。
状態が重ねあわせによって表現されている、ということは変わりませんが。
>>122
●虚数発言について
本題から外れた話題ですが…。
>「虚数は実数で表される4次元空間空間に存在しない」というくらいのことを言っているのだと私は理解します。
複素平面は、平面ですから3次元空間の中に置くことができます。
そこに複素平面が存在することを認識できないのは、想像力の欠如でなければ、「存在」の定義が異なるためです。
その「4次元空間空間に存在しない」は、はじめに「存在しない」ありきの同語反復でしかないのでしょう。
虚数は、実数で表される4次元空間空間に(虚数が実数で表される4次元空間空間に存在しない)という意味では「存在」しない
と言っているのだと思います。
>何故なら本の中でこの時点ではまだ教授はデュアリティの量子力学的説明をしていないからです。
>>63は、equilibriumさんが>>60で行った引用への批評です。自説を説明するために、山田さんの著書から
その部分を切り出したのでしょう? 引用の文責は、著者ではなく引用者にあります。
書評をやっているのではありませんから、引用部分以外をここで取り沙汰しても意味がありません。
●「粒子性と波動性を持つ何か」について
>>106-7
>比喩的な表現ではそういえますが、正確には、数式≠言語、です。
>数式も言語も記号だ、というのなら話はわかります。
のときにも気になったのですが、equilibriumさんは「言葉にする」ことに何か神秘的な意義を見出しているようです。
言葉も、数式も、どちらも言語に過ぎません。それぞれ固有の語彙と、文法と、それにより記述可能な対象領域を持ち、
記号の列によって表現されます。数式∈言語≠記号 というのなら話はわかりますが。
>「粒子性と波動性を持つ何か」≠「粒子性と波動性を持つ何かを表す式」。
>よって、私の発言は【「粒子性と波動性を持つ何か」を表す式】が目の前の3/4次元空間に存在すると言っているのではありません。
equilibriumさんが「粒子性と波動性を持つ何か」と呼んでいる対象は、その「何か」そのものではありません。
貴方がその言葉で対象を記述した時点で、それは対象を記述する言語的モデルに置き換えられてしまっているのです。
数式が対象を記述する数学的モデルであるのと、事情は同じです。
「粒子性と波動性を持つ何かを表す言葉」≠「粒子性と波動性を持つ何か」≠「粒子性と波動性を持つ何かを表す式」
とでも書きましょうか。
「粒子性と波動性を持つ何かを表す言葉」は言語モデル内に存在し、
「粒子性と波動性を持つ何かを表す式」は数学モデル内に存在し、
どちらも「目の前の3/4次元空間に存在」しません。
モデルとして成立することを「存在する」と呼ぶならば、「〜言葉」も「〜式」も修辞的に「存在」します。
そうでないなら、どちらも「存在」しないことになります。
>●教授の虚数発言で問題にされている「存在」と、私が「粒子性と波動性を持つ何か」について問題にしている「存在」感は異なっています。
そう思うのは、対象そのものと、それを表す言葉の区別がついていないからでしょう。
貴方が意味するものは、現に貴方が意味した何かであって、貴方と独立に存在する現実の何かではあり得ません。
貴方が、「光あれ」と命じたあの方でもない限りは。
話が混乱しているのは、このためです。
>>128
きちんと立論できないようですね。
>「長い長い前提」をあなたに理解させるだけの能力は、僕にはありません。
相手に理解してもらいたいなら相手のことを考えて言葉を選びましょう。簡単に説明できない言葉なら説明を要求してくるであろう相手に用いないようにしましょう。
>3次元
あなたの説明は立体を平面から推理する経験則など心理学の認知科学かまたは哲学の認識論の範疇です。「目の前の空間を3次元と考える」という話からずれています。世間が普通に採用している3/4次元という概念の話をしているのです。そしてその概念は私の創作ではないということを示すために遠山啓から引用をしました(論文を書いた事があれば意味はわかりますね)。
あなたが目の前の空間を3/4次元と思うのが嫌なら何次元と思おうと勝手ですが、そうすると、あなたの方が偽実在論に陥るという指摘を>>124でしました。それに対するきちんとした反論(立論)を待っていたのです。しようとすれば、量子力学を【言葉で】説明しなければならないので、たぶん無理だと思いますよ。あなたどころか、誰にも出来ないかもしれません。
>あなたはなぜシュレディンガー方程式にこだわるのですか?シュレディンガー方程式によらなければ、波動関数の実在云々ということは考えずにすみます。
、、、。何が話の焦点かも把握してないのでしょうか、、。「量子力学の観測問題」、シュレーディンガー方程式、波動関数、コペンハーゲン解釈に関する問題(puzzles)です。そのような問題があるという周知の事実を確認しているのであって、「観測問題」の解決の仕方とか「観測問題」を如何にして避けるかという話をしてるのではないのです。
問題の焦点は「何が起こっているのかを知ることは出来ないのか」です。今までの物理ではそれが出来たが量子力学ではそれが出来ない。そう言うと「古典的に考えるからいけないのだ」という答えしか返して来ない。
「何が起こっているのかを知ろうとすること」≠「古典的に考えること」、です。「古典的に考えるからいけないのだ」とスローガンのように言うだけなら簡単なのです。ではどう考えばいいのかの問に対して、答えは「考えるな」です。それが問題だと言ってるのです。
私の言ってるパラドクス(puzzles)は量子力学をきちんと勉強すれば解決するといった類のものではないのです。>>38に戻って引用の内容をよく考えて見ましょう。「問題があると騒ぎ立てるのは量子力学を知らないからだ」、ならば、量子力学を知っている人(eg.教授陣や物理学者)は問題があるとは言わない。しかし、上で引用した教授は問題があると言っている。よって、「問題があると騒ぎ立てるのは量子力学を知らないからだ」という発言は誤り、という簡単なことをわかってもらいたかったのですが、あなたはこれも理解できなかったようで、どこに「パラドクス=矛盾」があるのか、とパラドクスの語の意味を誤解したままの発言。誤解を指摘しても、それを認めることもなく引用を見直すこともなく、ずるずると気の向くままに他のことを言い始め、この部分を見直すこともない様子。
認めたくないのかもしれませんが、量子力学には「問題点」があるのです(パラドクスやpuzzlesという語を使うと正しく理解できないなら、「問題」という語を使いましょう)。問題があると騒ぎ立てるのは量子力学を知らないからなのではなく、量子力学を知り尽くしている教授陣や物理学者こそが認めていることなのです。あなたはその問題点が何であるのかがどうしても理解できないだけなのです。あるいは、その問題点は古典力学と量子力学の混乱を解けば解決されるものでしかないとあなたが思い込んでいるだけです。
議論とは論点を絞り込んで行きゴールに至るものです。絞り込むべき論点を逆にどんどん広げ、枝葉末節までをも取り込んで肥大化、両者の誤解も増える一方なのにあなたには誤解を解決して行こうという態度もない。私達のこの遣り取りは初めからずっと時間の無駄でした。これ以上続けてもやはり無駄でしょう。抜けようとする私に背後から答えを要求するようなことはもうしないで下さい。これで最後にします。「深追いは禁物だ」と忠告してくれた人に従う素直さも持ち合わせましょう。
>>129
>引用
引用文の全ての部分を引用者が完全に説明しきったり全責任を抱え込む事は現実的ではないし不可能です。引用は自分の言っている事が自分だけの創作でないということを示すために行なわれます。私が引用によって示したかった事は虚数のことではありません。シュレーディンガー方程式を解いて出る波動関数はマクロの波の波動方程式とは別種のものだという根拠を提示したのです。だから虚数について詳しく知りたいなら著者に聞くしかないのです。引用した英語の参考書の著者でも結構でしょう。
>言葉も、数式も、どちらも言語に過ぎません。
そんなに数式を言語と呼びたいなら呼んで下さい。私は呼びません。そこには何の神秘性もありません。あなたにはあるのかもしれませんが。そもそも「神秘性」って何の話か理解に苦しみます。
>equilibriumさんが「粒子性と波動性を持つ何か」と呼んでいる対象は、その「何か」そのものではありません。
水掛け論です。
読書時間の無駄を惜しむあなたなら一連の遣り取りの無駄さ加減もわかるかと思います。無駄な遣り取りはもうやめて、お互い時間を有効に使いましょう。あなたにもこれで最後にします。
>>130
>問題の焦点は「何が起こっているのかを知ることは出来ないのか」です。今までの物理ではそれが出来たが量子力学ではそれが出来ない。そう言うと「古典的に考えるからいけないのだ」という答えしか返して来ない。
>「何が起こっているのかを知ろうとすること」≠「古典的に考えること」、です。「古典的に考えるからいけないのだ」とスローガンのように言うだけなら簡単なのです。ではどう考えばいいのかの問に対して、答えは「考えるな」です。それが問題だと言ってるのです。
「何が起こっているのか」は、少なくともあなたが考えている以上にはわかっています。
その数式によって示される現象が起こっているのです。
あなたが数学を勉強しないから、現象が説明できない。単純なことです。
あなたにわかるように説明するのが困難なだけです。
「考えるな」ではなく、「古典的に考えるな」です。そこを履き違えるからわからないのです。
「古典的な常識」が通用しないのだから、「古典的な常識」を捨てればよいだけのことなのです。
量子力学がたとえば重力に関して完全な理論でないことなどは、僕もずっと前から指摘しています。
僕は、あなたが述べているような問題は問題ではない、といっているにすぎないのです。
そもそも、何が「実在」であるかは本質的にわからないということは、
独我論的な発想からすぐにわかる事です。
我々に与えられるのは、「関係」だけなのです。
あなたが何度も用いた「目の前の三次元空間」という標語も、
それがただちに「本質的な実在」であることを意味するわけではありません。
たとえば、コンピューターの内部では適当な有限な空間を再現できますが、
そのようにして再現される有限な空間の「真の姿」はコンピューターです。
その意味で、私たちは与えられる関係「以上の」ものを探るのは不可能です。
そして、与えられる関係という意味では、あなたの思っているような問題は
量子力学にはありません。
もちろん、一般相対論との折衷をはじめとして、すべきことはたくさんあり、
また完全な理論などではありませんが、「根源的な問題」はそこにはないのです。
要するに、禅問答みたいな話なんだけど、
人類ってのは井の中の蛙なんだよ。
自分の目に見えるものを用いて考えたいという衝動と常に戦わなければならん。だけどね、物理を勉強すると、見えているものというのは見えないものの延長であるということを知る。
空の青さを知っているからこそ、全天は藍いのだろうという思考力が働くということだ。equilibriumの発言は、完全に「井の中の蛙」で、外界を否定しているように見える。くだらないね。
> 「考えるな」ではなく、「古典的に考えるな」です。そこを履き違えるからわからないのです。
まったくそのとおりだね。
量子力学ってのはね、透明人間が透明人間にしか見えないサッカーボールでサッカーをしているのを観察するのに似ている。
サッカーボールの「存在」をわれわれ人間が認知できるのは、ボールがゴールに入って、ゴールのネットが振れるときだ。それ以外のことについてはわからん。しかし、長いこと見ていると、どちらのチームが強いかという統計的な結果はわかる。簡単に言えばそういうこった。
> 相対性理論はれっきとした「物理学」ゆえ
聞き捨てならん。量子論だってれっきとした物理学だ。いや、物理学に与えたインパクトは相対論とどっちが大きいかといわれても困るくらい大きく美しい理論的体系だ。
一応付け加えておくと、数式によって表現されているものはすべて言葉によって表現できます。
なぜなら、数式というのは言葉の構成要素である文字によって作られ、
また定義が「それなりに」きちんと与えられているのですから。
ただそれは恐ろしく面倒であり、かつ表現をきちんと読み取らせることは至難の業でしょう。
なぜ数式という表記が発達したかを考えれば、そんなことはすぐにわかります。
細かい表現はそぎ落としたほうが、任意の事物の関係について考える際には本質的だったのです。
>>132 sunsarさん
これで最後ですと何回言ったのだろう、、。
いっそ、もう「最後です」なんて言わないほうが良いのかも知れない。
>その数式によって示される現象が起こっているのです。あなたが数学を勉強しないから、現象が説明できない。単純なことです。あなたにわかるように説明するのが困難なだけです。
つまり普通の言葉で説明する事は出来ないということですね。それでは、数学を勉強しない私とこの問題について遣り取りしても意味がないので、これでめでたく終了します。
>>133 metolaさん
>自分の目に見えるものを用いて考えたいという衝動と常に戦わなければならん。だけどね、物理を勉強すると、見えているものというのは見えないものの延長であるということを知る。空の青さを知っているからこそ、全天は藍いのだろうという思考力が働くということだ。equilibriumの発言は、完全に「井の中の蛙」で、外界を否定しているように見える。
デリケートなジレンマに触れて怒りを買ったのであれば申し訳ありません。しかし物理人の量子力学に対する態度を門外漢の私が批判したいわけではありません。「量子力学の観測問題」は私が量子力学を知らないから持ってしまう問題というものではなく、「専門家達の問題だ」という事実を訴えているだけなのです。専門家達が問題だと言っているという【事実】があるよ、とただそれだけのことを言いたいのです。【批判】ではありません。もしここまで説明しても、それは単に古典的に考えるからだというのであれば、「問題がある」と言っている専門家達が古典的に考えているだけだということになりますが、metolaさんの言わんとすることはそういうことですか?
>equilibriumの発言は、完全に「井の中の蛙」で、外界を否定しているように見える。
意味がよくわからないのですが。
私は外界を否定するような発言はしていないはずなので、何か誤解があるように思われます。
>> 「考えるな」ではなく、「古典的に考えるな」です。そこを履き違えるからわからないのです。
>まったくそのとおりだね。
「何が起こっているのかを知ろうとすること」≠「古典的に考えること」、だと言っています。
よく見て下さい。「知ろうとすること」です。「見ようとすること」じゃありません。
不確定原理からいっても、素粒子の振る舞いを五感でキャッチすることは無理そうですね。ですから、五感に頼るのが無理なら他の方法で「知る」ことが出来るだろうか、もし出来るとしたらそれはどんな概念で説明されるだろうか、ということです。
>> 相対性理論はれっきとした「物理学」ゆえ
>聞き捨てならん。量子論だってれっきとした物理学だ。
相対性理論【だけ】がれっきとした「物理学」で、量子論がれっきとした物理学ではない、と言ってるわけじゃないので、、。そういえば相対性理論の空間は非ユークリッド幾何だったね、相対性理論はれっきとした物理だったね、というニュアンスです。
>>135
>それでは、数学を勉強しない私とこの問題について遣り取りしても意味がないので、これでめでたく終了します。
それが良いと思います。
前にも挙げた例ですが、私はロシア語が全くわかりません。ですから、日本語がわからないロシア人とは語り合うことができません。
共通の外国語でも知っていれば別ですが。
sunsarさんも、equilibriumさんと量子論を語る言葉は持たないのではないか?と想像します。
少なくとも私の場合は、日本語のわからないロシア人と俳句について語り合おうとは思いません。
>ですから、五感に頼るのが無理なら他の方法で「知る」ことが出来るだろうか、
>もし出来るとしたらそれはどんな概念で説明されるだろうか、ということです。
それが方程式の解なのだと、このスレと前スレで数人が指摘してきたのですが、聞く耳を持たないようですね。
「言葉にする」ことに拘ることの無意味さについては、>>129に書いた通りです。
数学で記述することが適した対象は、数学で記述すれば理解も伝達もいくらか容易になります。
自然言語が定量的記述にあまり向かないということは、日常生活の中でさえ誰もが経験することです。
>>136 keitaさん
>>ですから、五感に頼るのが無理なら他の方法で「知る」ことが出来るだろうか、もし出来るとしたらそれはどんな概念で説明されるだろうか、ということです。
>それが方程式の解なのだと、このスレと前スレで数人が指摘してきたのですが、聞く耳を持たないようですね。
聞いています。だから「もしできるとしたら」と言っています。できないのであれば終了するしかない、ということです。
>「言葉にする」ことに拘ることの無意味さについては、>>129に書いた通りです。
数式の一字一句を厳密に曖昧性を全く許さず一対一対応で日常言語に変換して下さいと言ってるのであればそれは勿論無理です。そうでなく、その数式で表されている「全体の概念」を日常言語で表すとどうなりますか、ということです。それが出来ないということでしょうから、終了するわけです。
>> metolaさんへ追記。
もしかすると、門外漢の私がまるで内部の人間のように「物理では」「物理学では」という言い方をするのがmetolaさんの神経にさわるのかもしれませんね。一般教養程度の知識の範囲で、「数学では」に対して「物理(学)では」くらいの軽い気持ちで言っていたのですが、感情を害するようならこのような言い方はやめて、門外漢らしい言い方と態度にしましょう。
それでは、物理学の人からぜひ教えて戴きたいのですが、「量子力学の解釈問題」とは何ですか? 何故、量子力学を知り尽くしているはずの学者や教授が「量子力学の解釈問題」を未解決の問題と思うことが出来るのですか? 「量子力学の解釈問題」があると言う学者や教授は「井の中の蛙」で、外界を否定しているということでしょうか?
>ただの呼び名ではなく、対象と状態は別物だと言ってるのです。
あなたは混同しているようですが。
対象は状態の重ね合わせであり、観測によって一つの状態がある確率で実現するのでは?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8D%E3%81%AD%E5%90%88%E3%82%8F%E3%81%9B
>>137
とんでもない。逆です。
>数式の一字一句を厳密に曖昧性を全く許さず一対一対応で日常言語に変換
することは、原理的には可能です。前置きに、数学の教科書を数冊添付するだけです。
分量がべらぼうに多くなる点と、読み手が理解できるか?という点が問題ですが、
無理とも言えないでしょう。
>その数式で表されている「全体の概念」を日常言語で表す
に見られる大雑把さが、おそらく最大の難点です。
記述したい対象が、日常目にする事物に似ていない場合、
日常言語(自然言語の日常よく使うサブセットと解釈してよいですか?)で記述
してしまっては、あまり枝葉末節でもないものを切り捨てることになり、
記述不足の箇所に、様々な妄想を生む余地を残すでしょう。
量子論についてよく言われる「ぱらどくす」の大半は、そのような妄想の産物です。
先にも書きましたが、自然言語は定量的記述に向きません。
試しに、書店で中学数学の参考書を開いて、
方程式の例題(太郎君がリンゴx個を云々という類)を
数式を使わず、小学生が算数の「文章題」を解くようなやり方で
誰かに説明してみてください。何のために数式があるのかが感じられると思います。
いわんや量子力学をや。
>>139
というかね、簡単なことなんですよ。equilibriumさんに、
三次元空間を言葉で説明してください。
と問うたとしたら、それに満足に答えられるわけがないんですよ。
なぜなら、ある主張が分析的でないときは、言葉を超えた何かを言葉が表現している訳で、
綜合的な主張であるところの物理学を、equilibriumさんの求めるような形で説明するのは
もともと不可能なことなのです。
それは対象が何であろうと、すぐにわかることです。
それが綜合的な対象であるとき、言葉ではすべてを「説明」することはできないのです。
そんなこともわからずに、何が哲学なんでしょう。
世の中にはさ、数式で記述した方がパッと理解できる人種と、日常的な言葉で“しか”理解できない人種の、二種類がいるっちゅうことや。
で、前者は少数派で、後者が多数派なわけよ。
物理現象を正確に表現しようと思ったら、数式は避けて通れない。
だから物理学は一般人にとっては難解な学問なんや。
その難解なことを文系人間に理解させようと思ったら、それなりの工夫が必要だっちゅうことや。
俺が >>13 で指摘したとおり。
>>141
今問題なのは、
>日常的な言葉で“しか”理解できない人種
は結局とんちんかんな理解しかできないということにあります。
日常的な言葉で考えようとするから、
ありもしないパラドックスを追求することになるのです。
簡単に言うと、比ゆを真に受けて比ゆに関する「矛盾」を
深刻な問題として受け取っているようなものです。
やれやれ、文系人間に物理の専門家になってもらう必要はないんだがな。
「当たらずと言えども遠からず」でいいんじゃねぇのか?
物理の専門家にしたって、最初から数式だけで理解できたはずはないんだがな。
自分が学生で、量子論を初めて習った時のことを忘れてしまっているんだろう。
スレ主もあきれてトンズラしちまってらあ。
相手のレベルに合わせて説明するっちゅう親切心が欠けてるんじゃねぇのか?
>>144
>やれやれ、文系人間に物理の専門家になってもらう必要はないんだがな。
>「当たらずと言えども遠からず」でいいんじゃねぇのか?
「専門家」でない人が偉そうに解釈の問題だのを議論するのですか?
>物理の専門家にしたって、最初から数式だけで理解できたはずはないんだがな。
>自分が学生で、量子論を初めて習った時のことを忘れてしまっているんだろう。
僕は学生です。
そして、僕は量子論の授業を受けたことはありません。数学屋さんなので。
>相手のレベルに合わせて説明するっちゅう親切心が欠けてるんじゃねぇのか?
説明になっていない説明をするよりは、ましだと思いますよ。
>「専門家」でない人が偉そうに解釈の問題だのを議論するのですか?
たしか本人が、「自分は物理の専門家ではない」と書いていたように思うのだが?
>そして、僕は量子論の授業を受けたことはありません。数学屋さんなので。
ああ、なるほどね。
そう云われてみれば、いかにも数学屋さんが言いそうな論法ではあったね。
数学屋さんの仲間内だけでなら、そうした物言いも通るのかもな。
>説明になっていない説明をするよりは、ましだと思いますよ。
まるっきり相手が理解できないような説明に、何の価値があるものか疑問。
>>146
>たしか本人が、「自分は物理の専門家ではない」と書いていたように思うのだが?
いや、そういう意味ではなくて。。。
専門家ではないのに、えらそうにそういうことについて議論をさせて
それこそ一体何の得があるのですか、という意味なんですけど。
>まるっきり相手が理解できないような説明に、何の価値があるものか疑問。
誤解されるよりはマシだと僕は思いますよ。あくまでも僕は、ですが。
ちなみに、件の観測問題については
http://www.a.phys.nagoya-u.ac.jp/~taka/think/kansoku.html
などが詳しいですが、これは「哲学的に考えることによって解決する」ような話題ではありません。
>>138 滑瓢さん
資料提供を有難うございます(ウィキは嫌いですが、まあそれはおいて)。
あとでじっくり拝見します。
>>139 keitaさん
>数式の一字一句を厳密に曖昧性を全く許さず一対一対応で日常言語に変換
することは、原理的には可能です。
不可能なはずです。例えばあなたが「1+1=2」という数式に対して「いちたすいちはに」という読み方のことを言っているのであれば別ですが、「1+1=2」という数式を「1」「+」「1」「=」「2」の一つ一つに一対一対応する曖昧性のない自然言語に変換するのは不可能だと思われます(定義の定義の定義、、のように永遠に遡っていくこともあるし、その他諸問題も山盛りなので)。それが可能であればフレーゲの夢はとっくに叶っていますし人工知能や完璧な翻訳プログラムは簡単に開発できるでしょう。
>大雑把さが、おそらく最大の難点です。
日常言語にしてしまうともちろん曖昧性が入り込んでくるのを避けられません。しかし極力曖昧性を省くために、初めにキーワードをしっかり定義したり(究極の定義まではできませんが)要らない要素を丁寧に除外していく丹念な作業によって、かなりの曖昧性を無くしていく事は出来るのです。
>あまり枝葉末節でもないものを切り捨てることになり
一つの表現で切り捨ててしまったら、他の表現でフォローすればよいのです。その「他の表現」にまた要る要素と要らない要素が入っているので、そこからまた要らない要素を棄てる作業が必要となるのですが。どこまで厳密性を求めるかによってどこまでその作業を繰り返すかが変わるだけのことです。
>量子論についてよく言われる「ぱらどくす」の大半は、そのような妄想の産物です。
自然言語で招いた災難であればこそ余計に自然言語で丁寧にフォローしていくべきでしょう。というか、それしか方法はないように思われますが。
>試しに、書店で中学数学の参考書を開いて、方程式の例題(太郎君がリンゴx個を云々という類)を数式を使わず、小学生が算数の「文章題」を解くようなやり方で誰かに説明してみてください。何のために数式があるのかが感じられると思います。いわんや量子力学をや。
鶴亀算と連立方程式の違いのような事を言ってるのですか?それで連立方程式を鶴亀算で説明したとして、だからどうなのですか?数式を使うと簡単になるということを言いたいだけなのですか?
>>140 sunsarさん
>三次元空間を言葉で説明してください。と問うたとしたら、それに満足に答えられるわけがないんですよ。なぜなら、ある主張が分析的でないときは、言葉を超えた何かを言葉が表現している訳で、
綜合的な主張であるところの物理学を、equilibriumさんの求めるような形で説明するのは
もともと不可能なことなのです。
Keitaさんと似たような誤解をしているのでここで繰り返しません。因みに、「三次元空間を言葉で説明する」といったようなことを哲学では、やります。あなたが知らないだけです。また、あなたの分析的、総合的、という専門用語の理解が不十分なので、奇妙な発言になっています。
あなた自身がこうもりの話をしたのを覚えていますか?。こうもりはソナーシステムで獲物の位置を知る、対して、人間は目で見て獲物の位置を知る。ソナーシステムであれ視覚システムであれ、どちらがどちらに対して「えらそうに」ということは出来ません。もしあなたがこうもりで、人間である私に「ソナーシステムも使えないくせにえらそうに獲物の位置を知りたがる」と言われても困ります。もし専門家でないとその分野について何も言えないのなら、あなた自身が哲学カテで哲学らしき話をしている行為を自分自身で「えらそうに」と思っているのでしょうね。私はそのようなことに関心はありませんが。
>>150
>「哲学的に考えることによって解決する」ような話題ではありません。
何を「哲学的」と思っているのか知りませんが、数学が概念の真偽の検証を数式でするのに対して、哲学では概念の真偽の検証を言語でします。そこに何らかの「概念」があれば、そしてそれが言語で表現されていれば、哲学的に検証できるのです。
>>141>>144 ヤンガスさん
ほぼ同意します。数式のスムースな理解には、小学生の時点から地道に積み上げて、堅牢な建物のようなものをたくさん作り上げていることが必要でしょう。文系はそのような堅牢な建物を必要とする人々とは違う道を採った人々です。これに対して、そのような特別な積み上げの必要でない、我々の共通の道具である自然言語を使うのが公平なあり方ではなかろうかと思います。
>>151
>日常言語にしてしまうともちろん曖昧性が入り込んでくるのを避けられません。
>しかし極力曖昧性を省くために、初めにキーワードをしっかり定義したり(究極の定義まではできませんが)
>要らない要素を丁寧に除外していく丹念な作業によって、かなりの曖昧性を無くしていく事は出来るのです。
>一つの表現で切り捨ててしまったら、他の表現でフォローすればよいのです。
>その「他の表現」にまた要る要素と要らない要素が入っているので、そこからまた要らない要素を棄てる作業が必要となるのですが。
>どこまで厳密性を求めるかによってどこまでその作業を繰り返すかが変わるだけのことです。
それが、つまり
>>139
前置きに、数学の教科書を数冊添付するだけです。
の言っていることです。
>>148の言うとおりでもあります。
学ばない結果として理解できない対象を批判する(←この「批判」には、非難するという意味は含まれません)ことには、
何の意味もありません。理解し(←この「理解」には、賛同するという意味は含まれません)、その後に解釈を述べる。
議論において、最低限の誠意でしょう。
>>144
>「当たらずと言えども遠からず」でいいんじゃねぇのか?
「当たらずと言えども遠からず」なら良いのですが、不用意に大雑把な話を進めると
「当たらず即ち遠い」妄想が百出して、収集がつかない点が問題です。
難しい説明は、手間を掛けて読みこなせば、内容が掴めますが、
平易だが隙のある説明は、読めば読むほど、頓珍漢な妄想を誘発するだけです。
そのような混乱を抑制するために、科学の体系があるのだと思います。
>>151
>自然言語で招いた災難であればこそ余計に自然言語で丁寧にフォローしていくべきでしょう。
>というか、それしか方法はないように思われますが。
それが、先に書いた
>>129
>equilibriumさんは「言葉にする」ことに何か神秘的な意義を見出しているようです。
の所以です。
数式は文章であり、数学は語学の体系です。定量的推論を混乱無く行うために
「丁寧にフォローして」概念と用語を積み上げたものが数学であって、
個々の定義は、元を正せば自然言語でなされています。
その積み上げを理解することが面倒だと思う人が、はしょった短い自然言語だけで
応用部分を理解してしまおうという不精をするから、頓珍漢な誤解をするのです。
再掲します。
>>129
>言葉も、数式も、どちらも言語に過ぎません。それぞれ固有の語彙と、文法と、それにより記述可能な対象領域を持ち、
>記号の列によって表現されます。数式∈言語≠記号 というのなら話はわかりますが。
>>129
>鶴亀算と連立方程式の違いのような事を言ってるのですか?
>それで連立方程式を鶴亀算で説明したとして、だからどうなのですか?
>数式を使うと簡単になるということを言いたいだけなのですか?
概ねそのようなことを言いたいのですが、
「数式を使うと簡単になる」よりも「数式を使わないと、見た目上複雑になり、勘違いや見落としをする機会が増える」
とでも書いたほうが、伝わり易いかと思います。
ある程度以上複雑な計算を含む記述は、いちいち自然言語で書き下していては、書きにくく読みにくく誤解の生じる基だ、
それは事実上不可能と言わざるをえない場合もある と言っているのです。
この例は、
>>139
>先にも書きましたが、自然言語は定量的記述に向きません。
のために挙げたものですからね。
>>152
あんたが言っていることは正しいよ。
だがな、量子論入門者に対する説明のあり方として、あんたの説明方法では、それを理解できる入門者なんかいねぇぞ。
たとえばだ、原子の構造を説明するのに「原子の中心にプラスの電荷を帯びた原子核があり、その周囲をマイナス電荷を帯びた電子が回っている」と言ったとする。
原子の知識が全く無い者に、原子というモノを説明するためには、こういう説明を経ることも必要なんだよ。
最初っから厳密に正確な知識を理解させようとしたって、無理だっちゅうの。
>>152 keitaさん
>それが、つまり
> >>139前置きに、数学の教科書を数冊添付するだけです。の言っていることです。
数学の教科書を数冊添付するだけで「自然言語」に変換されるとでも言うのですか?違うでしょう?私もあなたが読み方のことを言ってるとつい勘違いしたようですが、あなたも私の言ってることを勘違いしていないか少し考えてみたら如何でしょうか。
>それが、先に書いた
> >>129 >equilibriumさんは「言葉にする」ことに何か神秘的な意義を見出しているようです。の所以です。
「数式で理解」でなく「自然言語で理解」することを選んだ人が誤解を持ったなら、その誤解を数式で説明しても意味ないでしょう?数式を理解しないから言語を選んだのだろうし。それに、「言語」から生じた誤解には「そういう意味ではなくこうである」と言語で説明すればいいのです。あなたはここに神秘を見出すのかもしれませんが、私はどこにも神秘を見出せません。
>その積み上げを理解することが面倒だと思う人が、はしょった短い自然言語だけで応用部分を理解してしまおうという不精をする
数式を理解しない人達は、面倒だから積み上げてないのでなく、必要でないから積み上げてないのです。理系が理系の道の積み上げをするのは当然でそれをしなかったら無精者でしょうが、文系が理系の道を積み上げる必要はないのです。別の道を選んだ人達、別の立場の人達を自分達の世界観だけで判断するのはやめましょう。
逆の事を考えてみて下さい。文系には文系の道の積み上げがあります。理系がその文系の道の積み上げをしていないからといって「面倒がって文系の道を積み上げてないのか。あんたは不精者だな」と言われても困るだけでしょう?
>「数式を使うと簡単になる」よりも「数式を使わないと、見た目上複雑になり、勘違いや見落としをする機会が増える」とでも書いたほうが、伝わり易いかと思います。
鶴亀算と連立方程式は全く別の考え方です。つまり別の説明の仕方を取っています。連立方程式の方が簡単で早い。それだけのことです。「見た目上複雑になり、勘違いや見落としをする機会が増える」から「簡単で早い数式で理解しろ」というのがあなたの主旨ならば、話がずれています。こうもりのソナーシステムを人間に強要されても困るのです。
>ある程度以上複雑な計算を含む記述は、いちいち自然言語で書き下していては、書きにくく読みにくく誤解の生じる基だ、それは事実上不可能と言わざるをえない場合もある と言っているのです。
>先にも書きましたが、自然言語は定量的記述に向きません。のために挙げたものですからね。
勿論あなたの言いたい事は理解しているのですよ。自分の言う事が真か偽かと私に聞きたいのであれば、【そのこと自体】は真だと答えます。しかしそういったことは論点からずれているのです。いくら真でも、論点からずれた事なら、いくら並べても意味がないのです。
>>152
>学ばない結果として理解できない対象を批判することには、何の意味もありません。
>理解し、その後に解釈を述べる。議論において、最低限の誠意でしょう。
についても理解しているのならば、それ以上は私の言うことはありません。
量子論について哲学的見解を述べようと思うのなら、まづ、量子論について
基本的な学習をすること。そのためには、ある程度の数学も必要でしょう。
「文系だから分からない」ならば、分かったようなことを言わないほうが
人間として信用できます。それだけのことです。
横レスですが。
>>155
>数学の教科書を数冊添付するだけで「自然言語」に変換されるとでも言うのですか?違うでしょう?
違いませんよ。
>>151の
>数学が概念の真偽の検証を数式でするのに対して、哲学では概念の真偽の検証を言語でします。そこに何らかの「概念」があれば、そしてそれが言語で表現されていれば、哲学的に検証できるのです。
もそうですが、あなたが数式を何だと思っているのかは知りませんが、
数式というのは自然言語によって定義される何かなのです。
まあ、というか。
あなたは自然言語以外の理解の仕方、言い換えたら「綜合的でない判断」ができますか?
あなたは数式を「真に分析的なもの」と捉えているのかもしれませんが、それは間違いです。
なぜなら、数式を理解する我々は常に「総合的な判断」を強いられているからです。
したがって、数式の定義というのも、元をたどれば自然言語によってなされていたり、
あるいは曖昧なままに放置されていたりするのです。
たとえば、あなたの好きなユークリッドは、「無定義術語」を用いました。
点というのが「究極的」に何を意味するのかは定めずに論を展開しました。
一般に、どんな数学の基礎理論の分野であっても、
はじめの定義は必ず自然言語によってなされるので、
定義というのは本質的には「曖昧」なのです。
なお、僕が上で用いた「哲学的」とは、「物理学的な実験手法によらない
純粋な思索による判断」という程度のことを意味します。
それと、僕が批判しているのはそもそも「解釈問題を哲学的に語ること」であって、
哲学そのものであったりする訳ではありません。
>>155
ROMっててちょっと気に掛かったのですが
>逆の事を考えてみて下さい。文系には文系の道の積み上げがあります。
>理系がその文系の道の積み上げをしていないからといって「面倒がって文系の道を積み上げてないのか。あんたは不精者だな」と言われても困るだけでしょう?
哲学カテ等でそのように言われたら、勉強不足を反省する(そして、必要なら勉強する)べきで「困るだけ」と言う事は無いのでは?
文系の道に属する話を掘り下げるのであれば、当人が理系であれ文系であれ、ある程度文系の知識を求められるのは必然でしょう。逆もまた然り。
魚おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
そーっだ
そーっだ
そーっだ
そーっだ
うげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ
どお?的野。
おおぉ!
さんま さんま さんま さんま さんま さんま さんま
さんま さんま さんま さんま さんま さんま さんま
魚おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
あああああああああああめあああああああああ
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
あああああああああああああああああああああああああああああああああ
大根 大根 大根おろし
きんぴら?
もし
もし
もし
「物理学カテゴリー」での「量子についてのスレッド」
どちらに優先権があるのかどうか、私はネチケットには詳しくありませんが、
前者に優先権があるのならば、物理学的に量子について語り合うべきで、後者に優先権があるのならば物理学以外においてでも量子について語ることが許されるのでしょうが、
>>155文系には文系の道の積み上げがあります。理系がその文系の道の積み上げをしていないからといって「面倒がって文系の道を積み上げてないのか。あんたは不精者だな」と言われても困るだけでしょう?
というのは、優先権がスレッドにあるとする見解なんでしょうが、勿論それでも良いと思います^^
只他の人は、カテゴリーに優先権を置いて考えているのでは無いでしょうか、
一応、物理学カテゴリーの中で量子論について扱うのだから、理数系の議論であって、哲学カテゴリーで扱うならば勿論この様な議論が展開されても良いと思います。
何と言うか、多数がカテゴリーに優先権があって、数学的な議論を求めているならば、今は哲学的議論は避けるべきではないでしょうか^^
という話です;w;
>>156 keitaさん
>量子論について哲学的見解を述べようと思うのなら、まづ、量子論について基本的な学習をすること。そのためには、ある程度の数学も必要でしょう。
量子論について全く何も知らないわけじゃありません。言葉で詳しく説明された資料からの理解と、基本的な式の幾つかとなぜそのような式になるのかくらいの知識はあります。「量子力学の観測問題」に関する調査もしました。
しかしsunsarさんが私に示したあの数式説明は何でしょう。あれは「量子論について基本的な学習」ですか? 「ある程度の数学」ですか? あの数式を理解しなければ「量子力学の観測問題」が解決しないというなら、頑張って数式の勉強もしたでしょう。しかし話の流れを追っていくとわかるはずなのですが、あの数式を理解したからといって「量子力学の観測問題」が解決するはずがないのです。するのであれば、なぜ専門家が「量子力学の観測問題」があると言うのでしょう。何度も聞いているのに、なぜ誰も答えないのでしょう。これこそが議論の本題なのに。
>「文系だから分からない」ならば、分かったようなことを言わないほうが人間として信用できます。
「文系だから分からない」とは誰も言ってませんし、分かったことしか言ってません。それが間違っていると思うなら、納得できるように説明すれば良いのです。
>>157 sunsarさん
>>数学の教科書を数冊添付するだけで「自然言語」に変換されるとでも言うのですか?違うでしょう?
>違いませんよ。
わかりませんか? 数学の教科書を数冊添付するということは、結局「数学を基本から積み重ねろ」と言ってることと同じなのです。そうでなく、「数式で表された概念の全体」を自然言語で表現する事はできないでしょうかと聞いているのだから、話がずれているのです。
>総合的、分析的
前もどこかで言いましたが、あなたは総合的、分析的の語の意味を少し勘違いしているようで意味がよくわかりません。数式の定義が「元をたどれば自然言語によってなされていたり、あるいは曖昧なままに放置されていたりする」からといって分析的でないとは言えません。
>>159 野次馬そのN(N≧1) さん
>文系の道に属する話を掘り下げるのであれば、当人が理系であれ文系であれ、ある程度文系の知識を求められるのは必然でしょう。逆もまた然り。
もちろん「量子力学」の勉強内容を学ぼうとするなら数式の知識は必然ですが、「量子力学」の勉強内容を学ぼうとしているのではなく「量子力学の観測問題」を語ろうとしているのです。
量子力学に属する話といっても色々な属し方があるので、かなり深い数式の知識が必然な「属する話」もあればそうでない「属する話」もあります。楽譜が読めなくても音楽に属する話ができたり、寝たきりの身体でもスポーツに属する話ができるように。
>>誰あてという事でもないですが。
理系と文系をドライブ派とトレッキング派のアナロジーで喩えてみました。風光明媚な道をドライブ派は車で駆け抜けることを、トレッキング派は歩くことで楽しみます。トレッキング派はドライブの訓練をすることもせずに車を運転したいなどと我儘な事を考えているのではなく、風光明媚な道を自分達の方法(歩くこと)で楽しみたいのです。
ドライブ派は「車なら数時間で済むのになぜ何日もかけて歩くのか、疲れるし非効率的だろう、免許を取れ」と勧めるでしょう。しかしトレッキング派は歩く方がいいのです。確かに長くて疲れるが、何日かかろうとも歩くことが大好きで、その方が楽しめると考えているのかも知れません。
それと同じで、文系が言語を使うことで「誤解」も生みやすくなるのは承知です。理系にとっては小さな計算間違いも致命的となるかもしれませんが、文系にとっては、間違いや誤解は大した問題じゃないのです。誤解は生まれたら解いていけばいい。初めから完璧である必要はないのです。概要を掴んだあと、言葉での理解がもどかしくなったりもっと詳しい事情を知りたいと思った時、キーポイントとなる数式を勉強していけばいいと私は思っています。(たまには楽して一気に駆け抜けたいと思うことも私には大いにあるので。邪道的文系かも)
>>175>>176 西洋史さん
もちろんカテを尊重してカテにあったような話をすべきと思います。
だから一度、話から抜けようともしました。
ところが出口に立った時、引きずり戻されてしまったのです、、。
もともと哲学カテから発生した議論から尾を引いているので
こんな話になっています。
>>177
>そうでなく、「数式で表された概念の全体」を自然言語で表現する事はできないでしょうかと聞いているのだから、話がずれているのです。
数式で表された概念は、たとえば数学の参考書を開けばわかるとおり、
ひとつひとつは自然言語によって表現されるのですから、
当然その全体も自然言語によって表現されます。
ただ、それは恐ろしく面倒なだけです。
>あの数式を理解したからといって「量子力学の観測問題」が解決するはずがないのです。するのであれば、なぜ専門家が「量子力学の観測問題」があると言うのでしょう。何度も聞いているのに、なぜ誰も答えないのでしょう。これこそが議論の本題なのに。
じゃあ、観測問題が具体的にどう問題なのか指摘したらどうですか?
僕はあなたの主張に関して逐一反論したはずです。
そして、その反論についての反論は得られていないのです。
肝心のところで、あなたは「教授に手紙を出したらどうですか?」などと逃げるのですから。
>前もどこかで言いましたが、あなたは総合的、分析的の語の意味を少し勘違いしているようで意味がよくわかりません。数式の定義が「元をたどれば自然言語によってなされていたり、あるいは曖昧なままに放置されていたりする」からといって分析的でないとは言えません。
僕の主張はそのまま読めばそのままわかるようになっていますが、
では自然言語によって分析的な主張を与えてみてください。
僕は、その主張のどこが分析的でないかをきちんと指摘してあげますから。
あなたがそれができないならば、「自然言語によって分析的な主張を与えるのは不可能である」、
すなわち「数式は自然言語によって理解されるので、数式による主張は分析的でない」
ということになります。
最近の哲学的な見解では、そもそも分析的とか綜合的という
厳密な分類は不可能だというものだったと思いますがね。
もっとも、問題は「僕たちの量子力学に関する理解が自然言語的でない」という誤解を解くことですが。
>>178
誰もあなたの腕をつかんでキーボードをたたかせたりしていませんが。
というか、あなたはうまく摩り替えようとしていますが、
最初あなたは「哲学的に考えてみるとか」と言ったので、
僕はそれに対して「それは量子力学に何ら寄与せず、また無価値だ」と言ったのです。
その原点に戻ったらどうですか?
>>177
>数学の教科書を数冊添付するということは、結局「数学を基本から積み重ねろ」と言ってることと同じなのです。
>そうでなく、「数式で表された概念の全体」を自然言語で表現する事はできないでしょうかと聞いているのだから
クドイようですが、貴方もクドイようなので、あと一言だけ。
『学問に王道なし』
「文系だから」は、玉座でも王冠でもありません。
>>179
>ひとつひとつは自然言語によって表現されるのですから、当然その全体も自然言語によって表現されます。
全体は必ずしも部分の寄せ集めと同値ではありません。
複雑系しかり。
>じゃあ、観測問題が具体的にどう問題なのか指摘したらどうですか?
あなた自身がリンクを貼っていたじゃないですか。
読んでも分からないのですか?
>僕はあなたの主張に関して逐一反論したはずです。
私が何を主張したのですか? あなたがどんな反論をしたのですか? 量子力学の観測問題というものがあると言ってるのに対して、頓珍漢にもあなたは量子力学を勉強しろと言っている擦れ違いだらけの無意味な遣り取りでした。
>では自然言語によって分析的な主張を与えてみてください。
一体「分析的」の意味を何だと理解しているのですか? 意味がわかっているのなら「自然言語によって分析的な主張」という意味不明な言い方など出来ないはずですがね。
>最初あなたは「哲学的に考えてみるとか」と言ったので、僕はそれに対して「それは量子力学に何ら寄与せず、また無価値だ」と言ったのです。その原点に戻ったらどうですか?
原点に戻るも何も、我々の遣り取りはもう終了したのですよ。そもそも、その話が始めてあった時点で実質的には終了していたのですよ。
>>183
>私が何を主張したのですか? あなたがどんな反論をしたのですか?
あなたはたとえば、
>どの「パラドックス」?
>仮にEPRパラドックスだとすると、
>EPRパラドックスはエヴェレット解釈では発生しません。
>それともシュレーディンガーの猫のパラドックス?
>私はパイロット解釈はよく知りませんが、
>この解釈ではシュレーディンガーの猫問題は完全に解決できるそうです。
>どの「パラドックス」か不明な説明をされても理解に苦しみますね。
と主張しています。コペンハーゲン解釈では発生して、
エヴェレット解釈では発生しないEPRパラドックスとは一体何ですか?
パラドックスが発生するという言葉の意味も含めて、説明してください。
また、あなたは
>コペンハーゲン解釈に対して書かれたEPR論文
と主張しましたが、EPR論文は「コペンハーゲン解釈について」
書かれている訳ではないことはすでに示しましたね。
これについてはどうお考えなのですか?
>もちろん「量子力学」の勉強内容を学ぼうとするなら数式の知識は必然ですが、
>「量子力学」の勉強内容を学ぼうとしているのではなく「量子力学の観測問題」を語ろうとしているのです。
スタンスは理解しました。
個人的には、「量子力学」との整合性を保って(「量子力学」との整合性を求めてないわけじゃないですよね?)
「量子力学の観測問題」を語る為に、「量子力学」の勉強内容を回避できるのか疑問です。
少なくとも、断定的に論ずるには内容の理解が必須だと思うのですが。
>量子力学に属する話といっても色々な属し方があるので、
>かなり深い数式の知識が必然な「属する話」もあればそうでない「属する話」もあります。
>楽譜が読めなくても音楽に属する話ができたり、寝たきりの身体でもスポーツに属する話ができるように。
虚数で表される現象が実在か否か、みたいな話題は、
(音楽で言えば転調とか和音とかを話題に出来る程度には)前提となる知識が「必然な」方に含まれる話題なのでは?
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
うわあああああああああああああああ
魚おおおおおおおおおおおおおおおおぁあああああああああ
ギャああああああああああああああああああ
そういえば松井は?
こ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
じ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ま〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
よ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ほぎゃああああああああああ!!!
し〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
尾〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
嵐はやめてください。
魚おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
や〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあ
め〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
るかよ
バーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ぽぽぽおぽぽぽぽぽぽああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
量子とはつまり。。。。。鼻くそに近いのだwww
村は?
ミンチミンチ
いるぞ
なかなかいけるなぁ腐れパンダマン
村はいるの?
おまえか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
二人とも「もなちゃと」いかない?
いたのか。書き込み遅かった・・・
おもしろいなまえwwwwwwwwwwwwww
ああああ!!
かきこみ表示されるのおそwwwwwwwwwwwww
あうううううううううううううう
ああああ
なーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
もなちゃとのやりかた
1・名前を書く
2・キャラを選ぶ
3・場所を選ぶ
かんたんでしょ?
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
このPC書き込まないと表示されないよ〜
まずは「もなちゃと」で検索!!
YES
>>219よくわからん
こうくんのと同じく
わかった
まじ!?わかんない!?
もなちゃといくわ
だよね・・・。
いくよ
じゃあ「もなちゃと」で場所は「もなちゃと7」で会おう。
わかんなかったらここにもどってきて
わかった
ごめん!!ミス!!「もなちゃと60」に来て!!
大丈夫かい???
>>184 sunsarさん
あなたは>>132でこう言いましたね。
>その数式によって示される現象が起こっているのです。あなたが数学を勉強しないから、現象が説明できない。単純なことです。あなたにわかるように説明するのが困難なだけです。
その「単純な理由」によって終了したのです。終了したのでしょう?それとも終了してないのですか?前者なら私にレスをつけないで下さい。後者なら数学を勉強しない私に現象が説明できるという意味なのでしょうから、それを語って下さい。
あなたが勘違いを認めて、もし「観測問題」について話す気になったとしても、「その問題は無価値だ」といってあなたの価値観しか述べず、多角的な見方を考察できない、しようとしない人と客観的な話をすることはできません。今回の>>184でも
>コペンハーゲン解釈では発生して、エヴェレット解釈では発生しないEPRパラドックスとは一体何ですか?パラドックスが発生するという言葉の意味も含めて、説明してください。
といまだに同じような質問を繰り返していることを見ても、私達が実りある議論のできる希望は殆ど持てません。全く進展性のない話をだらだら続けて何の意味があるのでしょう。
>>185 野次馬そのN(N≧1)さん
>スタンスは理解しました。「量子力学」との整合性を保って(「量子力学」との整合性を求めてないわけじゃないですよね?)「量子力学の観測問題」を語る為に、「量子力学」の勉強内容を回避できるのか疑問です。
御理解有難うございます。「量子力学の観測問題」を語る為の「量子力学」の勉強内容は回避しないつもりです。私も黙ってただ座っているだけでなく私の分かる範囲で調べています。もちろん特別な理系の積み上げはありませんので、一般教養程度の理解で自分の理解できることからやっています。
>少なくとも、断定的に論ずるには内容の理解が必須だと思うのですが。
内容の理解といっても「量子力学の全てを数式によって理解する」ことはないと思っています。数式で何が言い表されているのか、何が表されていないのか、なぜ言い表せられないのか、物理的にどうしてそのようなことになるのか、などが分かれば良いと思っています。もちろん、理解の時点時点で数式がどうしても必要なら理解するよう努力を惜しみません。数式を毛嫌いし無価値とし全く無視すると言ってるわけではないのですから。
究極のポイントは「何がどうなっているのかを知りたい(古典物理的にでなく)」ということです。マクロ的な物体や現象を作る材料である素粒子(particles)の正体を知りたいということです。数式だけでその概念を知る方々には、主に言葉で表された概念で知る人の理解の仕方が異様に見えるかもしれませんが、こうもりと人間のアナロジーやドライブ派とトレッキング派のアナロジーで少しばかり理解して戴けるだろうと信じます。
もう一つ実際の話からアナロジーを出せば、英国では日本語を理解しない非日本人の俳句愛好者達がいて、彼らは自国の言葉で俳句を読んだり作ったりしています。日本人の私から見ればそれが俳句かい?と思ってしまうのですが、表出された形は俳句らしくなくても心の内では俳句を理解できているかもしれません。それは外からでは判断できません。
>虚数で表される現象が実在か否か、みたいな話題は、 (音楽で言えば転調とか和音とかを話題に出来る程度には)前提となる知識が「必然な」方に含まれる話題なのでは?
その話だけを突き詰めるなら、仰る通り前提となる知識が「必然」な話題でしょう。本を読んだ時、なぜ教授がそう言うのかわからなかったので調べてみましたが、教授が意味した事を完全に分かったとは思いません。しかし虚数の話の真意がわからなくとも「観測問題」自体の理解には支障がないと思います。なぜなら虚数の話はキーポイントではなく、教授の説明表現の材料の一つに過ぎないと思うからです。説明されている事を「全体で」理解するほうが大事です。
念のため、虚数の話はキーポイントではないと思う証拠を挙げておきましょう。
虚数の話を探るため英語の参考書(“Concepts of Modern Physics (6th edition)” by Arthur Beiser (McGraw-Hill 2003)で調べたのですが、>>76で紹介したこの本にどのような書き方がされているかをもう一度見て下さい。
>P166 ●5.3 Schrödinger’s Equation: Time-Dependent Form
>In quantum mechanics the wave function Ψ corresponds to the wave variable y of wave motion in general. However, Ψ, unlikely y, is not itself a measurable quantity and may therefore be complex(複素数).
もし虚数がシュレーディンガー方程式のキーポイントであったならば、虚数についてきちんと説明しているはずです。しかし、教授の本はもちろん、この参考書でもこのように「(Ψ) may therefore be complex」と言ってさらりと済ましています。ネットで調べても虚数がシュレーディンガー方程式のキーポイントであるといったような事を書いてあるものは見つかりません。よって、虚数云々はキーポイントではないと判断したのです。キーポイントでないことに必要以上に執着しても意味がありません。
数式理解では一つ一つの数式が論理の糸でしっかり繋がれているので一つももらさず理解できなければ全体の理解はできませんが、言葉による理解では言葉の自由性や曖昧性のせいで、部分部分の理解でなく全体としての理解の方が重要なのです。
>>236
では、質問を変えましょう。
あなたは、素粒子の何を知りたいのですか?
具体的に、素粒子の何が明らかになったとき、素粒子を知ったと結論するのですか?
あるいは、素粒子を究極的に知ることができないとすれば、
あなたが今素粒子に関して知りたいことは何なのですか?
あなたが何を問題と思っているのか、言葉で説明してください。
「解釈問題がある」ではなく、解釈問題とは具体的にどういうことで、
また具体的にどういうところが問題であるか、ということを言葉で説明してください。
次に。
たとえば「素粒子は粒子性と波動性の二重性を持つ」というのは、満足な説明ですか?
マクロなスケールにおいて、「サッカーボールは粒子性を持つ」というのは、満足な説明ですか?
マクロなスケールにおいて、「音波は波動性を持つ」というのは、満足な説明ですか?
これらの例のうち、満足な説明はどれで、満足な説明でないのはどれですか?
そもそも、粒子性や波動性という標語は言葉として何を意味しますか?
物理学的に「知る」というのは、端的にいえば「予言ができるようになること」です。
すなわち、素粒子が与えられたとすれば、その素粒子がどのように振舞うかということが
予測できることが、「知っている」ということです。
予測できるというのは、素粒子の振舞い方を「知っている」からできることに他ならないからです。
物理学の目標は、より少ない「知識」から、その後の任意の対象の振る舞いを
予測するような理論を作り上げることである、と言える訳です。
ここでいう「予測」には、確率的な振る舞いも含まれますが、「確率的な振る舞い」には
(i)本質的に確率としてしか予測することができない場合
(ii)本質的には確率的ではないが、人間の知識が不足しているために確率的にしか知ることができない場合
の二種類がありえます。
(ii)の場合には、理論自体は決定論的であり、(i)の場合には、理論自体が非決定論的です。
しかし、いずれの場合も、理論が「正しく」予測する限りはその理論は正しいと言えます。
これを踏まえて、equilibriumさんはどのようなことを以って「知る」とするのか、
具体的に説明して下さい。
うぎゃああああああああああああ
お名前
ザ ニート
コメント
うぎゃああああああああああああ
REMOTE_HOST
210-20-109-132.rev.home.ne.jp
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
お
お
お
あ
お
お
お
あああああああ
あ
あ
あ
あ
あ
ああ
あ
あ
あ
あ
ああ
あ
あ
あ
あ
あ
あ
ああ
あ
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
>>237->>239
>あなたが何を問題と思っているのか、言葉で説明してください。「解釈問題がある」ではなく、解釈問題とは具体的にどういうことで、また具体的にどういうところが問題であるか、ということを言葉で説明してください。
何度も言いますが、私が問題と思っているのではなく「解釈問題がある」という事実を言ってるのです。あなたが解釈問題に関する資料を読んでも理解できないのを私が理解させてあげることはできません。私と遣り取りしたいのなら、あなたがすべきことはまず解釈問題を自分で理解することです。それがどうしても無理なら諦めて下さい。
>粒子性や波動性
マクロの概念で言う粒子と波動は量子力学の概念で言う粒子性と波動性とはかなり様子の違うものだと思います。粒子と波動という概念は先にマクロの現象として確立しました。その同じ名称を使用していることから量子力学の粒子性と波動性を同じような概念で捉えようとすることで分かりにくくなるのだと思います。
例えば、素粒子が波の性質を持つという発見はマクロの波が持つ回折を起こさせる性質などを素粒子も持つこと、光電効果の考察などから逆に推測して得られたものです。つまり、マクロの波の性質を素粒子が持つから素粒子は波動性を持つ、と言っているわけです。しかし、この推測を論理的に言うと、A⇒B(マクロの波がBを持つ)、C⇒B(素粒子がBを持つ)、∴A=C、となり、この推論自体は誤謬です。つまり、AとCが同じ性質Bを持つからといってAとCが同じものだとは言いきれません。もし実際に同じものだとすると、それは偶然です(必然ではなく)。仮に「波の性質を持つものは全て波とする」というのであれば、波の概念に整合性を持たせるためには、先にマクロの概念で確立してしまった波の概念を塗り替えなければならないでしょう。しかし現状は、塗り替えられずにマクロの波は今まで通り「古典物理の波」として健在です。電流が電子の流れだと分かった後でも「電流」と呼んで、電流と電子が独立した概念のように捉えられるのとは逆のケースです。
>物理学的に「知る」
書いている事がいくら真でも、相手の言ってることから外れていては意味がありません。本質的に確率としてしか予測することができないから量子力学は正しい理論ではないとか、問題があるから正しい理論ではない、などと私が言ってるとあなたが思っているとすれば、それはあなたの新たな誤解です。
ところで、「目の前の空間で何が起こっているのか」に対して、>>132でのあなたの発言は「何が起こっているのかは、少なくともあなたが考えている以上にはわかっています。その数式によって示される現象が起こっているのです」とありました。もしそれが真だとすると、「数式によって示される現象」はそこで起こる現象を数式で示しているのだから、そこで起こる現象である「波動関数の収縮」はそれに対応した数式を持つはずです。そういった数式はありますか? もしそんな数式はないとすると、「数式がそこで起こる現象を示している」という主張は真ではないということになります。
補足。
あなたは勘違いを認めたうえで議論しなおそうとしているのですか? そうでないのなら、いくら質問を変えたところで、まただらだらした遣り取りが続くだけです。しかも究極的には「数式以外で説明できない」で終わるだけです。また、私が書くたびにあなたは新しい誤解を生み続け、いっこうに解こうとする姿勢がないまま脱線をひた走るので、相手をさせられる私は非常に疲れるのです。哲学カテ哲学に論証は必要か否か[163]に書いたとおり。
>>250
まず、
>相手をさせられる私は非常に疲れるのです。
僕は、あなたの腕をとってキーボードをたたかせたことはありません。
書き込むかどうかは完全にあなたの意思が決定しています。
書き込みたくないのなら、書き込まなくて結構です。
>何度も言いますが、私が問題と思っているのではなく「解釈問題がある」という事実を言ってるのです。
僕は解釈問題があるという事実そのものを否定したことはありません。
哲学的に考えることの意味を否定しただけです。
違いが分かりますか?
>もしそれが真だとすると、「数式によって示される現象」はそこで起こる現象を数式で示しているのだから、そこで起こる現象である「波動関数の収縮」はそれに対応した数式を持つはずです。そういった数式はありますか? もしそんな数式はないとすると、「数式がそこで起こる現象を示している」という主張は真ではないということになります。
「波動関数の収縮」がどういう意味を持つかは説明しましたが。
観測を行うと、級数表示している項のひとつになる、と言っているのです。
どうして「級数表示している項のひとつになるのか」という問いは、
ニュートン力学において「なぜF=maなのか」という問いと同じです。
たとえば、具体的に観測という行為が何を意味しているのか、というのは謎のままです。
それは、確かに謎のひとつです。
しかし、僕は、それに対して哲学的なアプローチをするのは無駄だ、と言っているにすぎません。
そして、観測が何を意味しているのか、ということと、
たとえばEPRパラドックスとは関係がありません。
EPR相関が観測できる現象であることは説明しましたが。
あなたが言っていることは、
>本質的に確率としてしか予測することができないから量子力学は正しい理論ではない
といっているのと同じことなのに、なぜ気がつかないのでしょう。
というのも、本質的に確率的な理論には、その理論のうちに必ず「断絶」を含むことになります。
その「断絶」をさしてわれわれが波動関数の収縮と呼んでいるだけで、
実際には状態が確率的に他のひとつに変化しているというただそれだけのことです。
>粒子性や波動性
あなたは僕の質問にまったく答えていません。
僕は、満足な説明はどれかと聞いたのです。
なお、粒子性とは「ひとつの(主として離散的な)確定的な値をとること」、
波動性とは「重ね合わせの原理を満たすこと」です。
どれが満足な説明で、どれが満足な説明でないのかを答えてください。
>>250
貴方の主張には、うなずける部分もあるのだが、これだけは言っておかねばなりませぬ。
数式で表現できる事柄は、実験でその数式が自然現象と合致しているか否かを検証することができる。
実験による検証をクリアできた数式は、その自然現象を完璧に記述できていると認定することができる。
光電効果は、波動性の根拠ではなく、粒子性の根拠です。
>>250
>もしそれが真だとすると、「数式によって示される現象」はそこで起こる現象を数式で示しているのだから、
>そこで起こる現象である「波動関数の収縮」はそれに対応した数式を持つはずです。
>そういった数式はありますか?
ありません。というか、そんな数式はあり得ないというのが確率論的解釈ですが。
波動関数の収縮を記述する数式があったなら、それは決定論的モデルということになります。
数式が現象を表すというとき、その数式が世の中の何から何までを記述する必要はありません。
その式が記述した範囲のことが現象と一致していれば、正しい理論と呼べるでしょう?
波動方程式は波動関数の収縮を記述しないから、不十分であるという意見は、
珍しいものではなく、書籍でもネットでも度々見かけます。
一本の方程式に余り過大なロマンを求めないほうが、正気だと思うのですがね。
確率の収縮という現象は、別に量子論に限った話ではなく、
確率的に記述される理論には、必ず付いてきます。
マクロな範囲でも、例えば、サイコロを投げて出目を見ると、
サイコロを振る前は、1〜6各目の確率が1/6づつであったものが、
振った後では、どれか一つの目だけが確率1です。
この「確率の収縮」が何故起こるのかについて、確率論は何の示唆も与えません。
しかし、それ故に確率論は不十分だと主張するのは、ラプラスの小鬼を信じている人だけでしょう。
確率の収縮を記述しなくても、確率論はサイコロの出目にまつわる諸々の期待値を与え、
未来の現象を予測します。それだけの事です。
>>251でも>>253でも指摘されている
>波動関数の収縮を記述する数式があったなら、それは決定論的モデルということになります。
については、equilibriumさんがご自身でよくお考えになったほうがよいと思いますよ。
これは、根拠のない主張などではなく、よく考えればわかることだからです。
確率から今まさにどれかひとつを選択しているときに「何が」起こっているかということが
分からないから「本質的に確率」なのです。
どれかひとつを選択しているときに「何が」起こっているのかがわかるのならば、
それは「本質的に確率」ではなくて、単に人間が初期値を知らないことに由来する
「知識不足による確率」です。
だから、「波動関数が収縮」するときには、「波動関数が収縮する」という現象が起こっているのです。
この現象には、量子力学においてはそれ以上の説明が要らないしできないのです。
でも、たとえば観測が何であるかということは已然として謎のままで、
それについては「それ以上の説明が要らない」では済まされません。
そこに観測の問題があり、観測を厳密に表現しようとするとき
はじめて一連の「解釈」に差異ができ、それゆえに解釈でなくなるのです。
でも、少なくとも今は、直接そのような解釈を確かめる実験はできていません。
ただひとつ言えることは、解釈問題は「波動関数の収縮」を解決するための議論ではありません。
「波動関数が収縮するのはいつか」を決める問題である、というと少し正確です。
従って、あなたの想定しているような、パラドックスが云々とかそういう種類の議論ではないわけです。
解釈問題でシュレディンガーの猫が云々というときにも、
状態の重ね合わせであることが本質的に問題なのではなく、
いつ観測が行われることになるのかが本質的なのです。
こう言うと、そんなことは「考えて決める」ことではない、
ということが大分クリアになるのではないかと思いますが。
まして、「言葉で考えて解決する」ような種類の問題ではまったくない訳です。
簡単に調べることのできるような実験の方法や、それに繋がる定量的な理論を提示しない限りは。
訂正:
× 光電効果の考察
○ デビッソン=ジャーマーの実験やトムソンの実験
ちなみに、光電効果は(コンプトン錯乱も)、
粒子と波の関係付けを裏付けたといえるものです。
と書きためていたら、ヤンガスさんに先を越されました。
私のアクセス時間が極めて短い数分間に限定されているので
まだ251以下をじっくり読んでいませんが、読んでから後日レスします。
>>252 ヤンガスさん
実験による検証をクリアできた数式は確かに「その自然現象を記述できている」と認定することができると思います、結果的に、かつ全体として。(完璧かどうかまではわからないのでこの語は抜いておきます)。しかしそのことは、その数式が「目の前で起こっている通りのこと」を記述しているかどうかまでも確実に保証するとはいえません。
シュレーディンガー方程式などは、先に分かっていた粒子性と波動性などの物理現象に合致するように試行錯誤を繰り返しながら出来上がったものです。しかし、このように言うからといって私が、というか学者達が「自然現象を記述できている数式」を「自然現象を記述できていない」と主張しているわけではないし、当然、「量子力学が自然現象を記述できていない理論」などと主張しているわけでもないと思います。
確定的に知る事が不可能なことを確定的に知ろうとするから確率的になるように思えるだけです。自然の摂理と原理によって素粒子の位置と物理量は確定できないのならば、自然の摂理と原理を破って古典力学的な記述を求めようとするのは無理な注文です。このことは「自然現象を記述できていない」ということではないと考えています。そしてこのことは「目の前で起こっている通りのことを記述すること」とは無関係であるように思います。
観測問題があるということによって学者達が意味する事は、量子力学が正しくないというようなことでは絶対にないと確信しています。なぜなら、量子力学に反するような物理現象はいまだかつて一つも現れていないのですから、これはかなり正しく自然現象を記述できている理論でなくては不可能です。このことは学者達が一番よく知っているはずです。このような強力な理論を基盤にして、さらに素粒子の正体を知ろうとする学者達が観測問題などをも説明できるよう検討することで、場の量子学や超弦理論などを次々に世に送り出しているのだと理解しています。
もっとよく知るために考察すること、説明しきれていないことを拾って説明しようとすることはその理論をさらに強力にするものです。科学は常に批判されなければなりません(悪い意味でなく。言い換えると「磨き上げ」)。反証可能性がなければ科学的ではありません。そうでなければ科学はドグマ化してしまいます。ヤンガスさんほどの方であればこのようなことは御承知であろうと信じています。
>>251&>>254->>256 sunsarさん
>>何度も言いますが、私が問題と思っているのではなく「解釈問題がある」という事実を言ってるのです。
>僕は解釈問題があるという事実そのものを否定したことはありません。
、、、。そうでなく、【私】が問題と思っているのではなく「観測問題がある」という事実を言ってるのです。つまり「観測問題がある」と言ってるのは【私】でなく【学者達】なのです。だからあなたが私に向けた言葉は全て【学者達】に向けたことになるのです。しかし【学者達】はあなたやkeita氏が思っているような「知識の不足した人達」とか「正気を逸した人達」ではないでしょう? あなた達が私の筆から始めてこんなことを知ったので【私】がそのように主張していると誤解したのかもしれませんが、好い加減にその誤解を解いて下さい。
>どうして「級数表示している項のひとつになるのか」という問い
論点がずれています。「目の前の空間で起こっている現象を数式が表している」とか「波動関数の収縮が実際(目の前の空間で)起こる」というあなたの発言がもし真なら、「波動関数の収縮をあらわす数式が存在しない」という事実と整合しないということを指摘してるのです。あなたの発言が不整合だと言ってるのです。
>EPR相関が観測できる現象であることは説明しましたが。
EPR相関と波動関数の収縮は同じではありません。EPR相関は非局所性という素粒子の性質の一つです。波動関数の収縮は△xがxになることです。観測前における可能な全ての重なりあった状態から観測行為によって一つの状態を選び出しその他の状態は消滅したということです(コペンハーゲン解釈)。
>書き込みたくないのなら、書き込まなくて結構です。
それではこれより的外れなレスや質問は全て放置します。誤解のポイントももう指摘してあげませんので、自分ひとりで考えて下さい。量子力学の観測問題があると学者達が言っているという【事実】をもっと真剣に、深く考えた方がいいと思いますよ、これはkeitaさんにも共通していることですが。あなたがまともな議論の方法と姿勢を学んだ時にでもこの遣り取りを再開しましょう。
ちなみに、
>解釈問題は「波動関数の収縮」を解決するための議論ではありません。
解釈問題の焦点は「波動関数の収縮」です(コペンハーゲン解釈で。ネオコペンハーゲン解釈ではない)。日本ではどうか知りませんが英国ではよく知られており、量子力学を説明している本では必ずといっていいほど触れられる問題です。(波動関数の収縮(波束の収縮)=wavefunction collapse, the collapse of the wavepacket)。「量子力学を説明している本」とは私の場合、全て大学教授かそれに相当する知識を有する執筆者の本を指します。
>>253 keitaさん
量子力学の歴史を知ると分かるように、Ψは初めから確率的ではありませんでした。Ψはド・ブローイの物質波そのものと思われていました。しかしそう考えると破綻することがわかり、ボルンによって確率解釈が与えられたわけです。
(引用)非定常状態に対するSchrödinger方程式は虚数iを含んでいるので,その解Ψは一般に複素関数となる.物理量は実数だから,Ψそのものが ある物理量を与えるとは考えられない.そこで,Ψの絶対値の2乗,|Ψ|^2を採って,物質の密度と考えてみる.実際、シュレーディンガー自身も当初、そのように考えていたそうである。電子などの粒子は,空間に局在しているので,そのようなものは,空間的に局在した波(波束)であると解釈すると良さそうである.しかし,この考えは,以下のことから破綻する.
1)波束を作るためには,振動数の異なった波を重ね合わせねばならないが,こ のようにして作った波は時間と共に広がってしまう.これは,振動数の異なる 波は進行速度が異なるからである(分散性の波).実際の粒子は時間がたっても大きくなったりはしない.
2)波の場合,散乱されると,四方に広がってしまう.電子などの粒子は,いくら散乱されても,1個の粒子がばらばらに広がることはない.
この困難を避けるために、Bornは下のような確率解釈を提唱した。そのため、波動関数Ψを確率波とか確率振幅と呼ぶことがある。(http://maverick.riko.shimane-u.ac.jp/files/quant1f/node10.html)
つまり量子力学はもともと素粒子を知ろうとするための理論、目の前で起こっていることを知ろうとするための理論であって確率的な理論を作ろうとしていたわけではないのです。知ろうと思っているのは学者達なのです。もちろん門外漢である私も知りたいと思う人間の一人ですが、私は自分の主観的な気持ちをここで垂れ流すのではなく、客観的な事実を検討すること、つまり学問的な議論をするよう心がけています。
この際なのではっきり言わせて戴くと、あなたのレス内容は殆どいつも的外れです。まだsunsarさんの方が幾分ましと思えるほど外れまくっています。陳腐な嫌味を言ってる暇があったら客観的事実を、それのみを考察しましょう。これよりあなたの的外れなレスや質問も全て放置します。誤解のポイントも、どのように的が外れているのかももう指摘してあげませんので、自分ひとりで考えて下さい。
あなたとsunsarさんが文章読解が苦手なら、このツリーで、何が行なわれているかを整理し、何をするべきかを理解して下さい。
A.「観測問題があると学者達が言っている」というのは事実である。
Yes⇒B No⇒C それは事実だがequilibriumがその事実を誤解している⇒J
B.観測問題を気にする事はおかしい。
Yes⇒D No⇒E
C.よく調べましょう。
D.どのようにおかしいかを主観的にでなく客観的に説明できる。
Yes⇒F No⇒G
E.議論しましょう。
F.その説明でそのおかしさが、論理的矛盾の存在か、事実との不整合の存在か、または学術的サイトで論証をバックアップすることで示すことができる。
Yes⇒H No⇒I
G.終了(話にならない)
H.それを示してください。
I.終了(話にならない)
J.どこがどのように誤解であるかを、論理的矛盾の存在か、事実との不整合の存在か、または学術的サイトで論証をバックアップすることで示すことができる。
Yes⇒K No⇒L
K.それは数式の羅列でなく、わかりやすい言葉で丁寧に説明してある。
Yes⇒M No⇒N
M.それを示して下さい。
N.終了(意味がない)
追加。
L.終了(話にならない)
>>259
>そうでなく、【私】が問題と思っているのではなく「観測問題がある」という事実を言ってるのです。
だから、僕はその「事実」に対して反論したことはありません。
>「目の前の空間で起こっている現象を数式が表している」とか「波動関数の収縮が実際(目の前の空間で)起こる」というあなたの発言がもし真なら、「波動関数の収縮をあらわす数式が存在しない」という事実と整合しないということを指摘してるのです。あなたの発言が不整合だと言ってるのです。
なぜ「波動関数の収縮をあらわす数式が存在しない」ならば「波動関数の収縮が実際(目の前の空間で)起こる」
が否定されるのですか?
そもそも、僕は「目の前の空間で」起こるなどと言ったことはありません。
あなたは波動関数の収縮をいったい何と考えているのかわかりませんが、
波動関数の収縮は確率的な遷移であって、それが起こることは、
「それを表す数式」とは関係ありません。
>波動関数の収縮は△xがxになることです。
というのには失笑してしまいましたが、
>観測前における可能な全ての重なりあった状態から観測行為によって一つの状態を選び出しその他の状態は消滅したということです(コペンハーゲン解釈)。
というのは結構です。そして、その状態の遷移を波動関数の収縮と呼ぶのです。
(余談ですが、後者から明らかに
>波動関数の収縮は△xがxになる
という言い回しが不適切であることは分かると思いますが。
なぜなら、波動関数の収縮は位置に関する収縮とは限らないからです。
たとえば、系の運動量を測定すれば、運動量に関して波動関数が収縮するわけです。)
これが具体的にいつ与えられるのかを問うのが観測問題/解釈問題であって、
必ずしも「どうしてそうなるのか」を問うている訳ではありません。
もちろん、ある理論によって「どうしてそうなるのか」が与えられる可能性はありますが。
ちなみに、
>B.観測問題を気にする事はおかしい。
ではなく、
B.観測問題を哲学的に考える事はおかしい。
というのが文脈的に正しいでしょう。
なお、Jに関する説明は>>251-256に示されています。
>>262
>なぜ「波動関数の収縮をあらわす数式が存在しない」ならば「波動関数の収縮が実際(目の前の空間で)起こる」が否定されるのですか?
>>250。
>そもそも、僕は「目の前の空間で」起こるなどと言ったことはありません。
ではどこで起こると思っているのですか?
>波動関数の収縮は確率的な遷移であって、それが起こることは、「それを表す数式」とは関係ありません。
確率的な遷移だとなぜ「それを表す数式」とは関係ないのですか?
>必ずしも「どうしてそうなるのか」を問うている訳ではありません。
私も「どうしてそうなるのか」を問うていません。
>>263
>Jに関する説明は>>251-256に示されています。
示されていません。論理的矛盾の存在か、事実との不整合の存在か、または学術的サイトで論証をバックアップすることで示していません。
>>264
>>250に関して、僕の発言
>何が起こっているのかは、少なくともあなたが考えている以上にはわかっています。
についてそれが波動関数の収縮に関するものだ、と主張したことはありませんが。
>ではどこで起こると思っているのですか?
「起こる」という言い方も微妙ですが、適当なヒルベルト空間その他で起こります。
>確率的な遷移だとなぜ「それを表す数式」とは関係ないのですか?
>>253をよく読みましょう。
>論理的矛盾の存在
は、>>251-256に説明されています。
>ありません。というか、そんな数式はあり得ないというのが確率論的解釈ですが。
を読みましたか?
確率的な理論を作ろうと思っていたかどうかとは関係なく、
本質的に確率的な理論しか作れないというのが量子力学について
今のところわかっていることです。
>「起こる」という言い方も微妙ですが、適当なヒルベルト空間その他で起こります。
について、これは「3次元空間で起こる」と解釈しようとしても、
位置に関して確定的な波動関数は運動量に対して確定的でないという点において
「3次元空間で起こる」とはいえない、というのは既に説明したとおりです。
波動関数の収縮については、ある一つの成分だけでなく、
その共役量についても考えることで初めてきちんと理解されるのです。
>>265>>266
>適当なヒルベルト空間その他で起こります。
「適当なヒルベルト空間その他」とはどこですか?
>>確率的な遷移だとなぜ「それを表す数式」とは関係ないのですか?
> >>253をよく読みましょう。
「サイコロを振る前は、1〜6各目の確率が1/6づつであったものが、振った後では、どれか一つの目だけが確率1です。」という部分のことですか? それは純粋に概念の話であって、波束の収縮とは別の話ですよ。素粒子には実際に波動性があってそれが実際に目の前で干渉や回折を起こしたりしているのですよ。
>論理的矛盾の存在は、>>251-256に説明されています。ありません。というか、そんな数式はあり得ないというのが確率論的解釈ですが。を読みましたか?
それは「論理的矛盾」とはいいません。そもそも私は「ある」と言っているのではなく「ありますか?否、そんなものはないでしょう」と言ってるのです。
>位置に関して確定的な波動関数は運動量に対して確定的でないという点において「3次元空間で起こる」とはいえない、というのは既に説明したとおりです。
私に分かるように説明し直して下さい。
不確定原理と「3次元空間で起こる」とはいえないことの関係は?
>>267
>「適当なヒルベルト空間その他」とはどこですか?
>私に分かるように説明し直して下さい。
>不確定原理と「3次元空間で起こる」とはいえないことの関係は?
こうした疑問は、>>185で言われているように量子力学を
きちんと勉強しないことによって発生する疑問なのです。
それがよいとか悪いとかいう問題ではなく、
とりあえずそれだけは最低限理解してください。
つまり、あなたの姿勢の「よしあし」にかかわらず、
こうしたことは量子力学をきちんと勉強することで
理解できるような、初歩的な内容なのです。
それを踏まえて、説明します。
ある現象が3次元空間で起こる、というのは、ある現象が3次元空間に関する
記述によってのみ全て説明できるということを指します。
これは、たとえば古典力学の世界であれば、
「その現象を起こす物体についてr=r(x,y,z)を時間に関する関数
r(t)=r(x(t),y(t),z(t))のように表せば、すべてが説明される」
という主張になります。
古典力学に基づく素朴な素粒子に関する描像の場合、エネルギーは
r(t)の時間微分であるところの速度と、r(t)の関数であるところのポテンシャルを用いて表され、
ある物体を時間の関数として与えることは、そのまま直ちに
エネルギーなども含めた現象の記述を与えることになります。
たとえば運動量はr(t)の微分に質量mを掛けたものとして表現されるわけです。
一方で、量子力学の世界においては、そのような主張は正しくありません。
というのも、量子の世界においてはp(t)=mr'(t)とはもはや表されないからです。
従って、量子力学においては、物体の位置を時間の関数として表したところで、
現象を表現しているとはとても言えないわけです。
それはたとえば、ある光子の位置を指定したところで、その周波数がわかっていなければ
光に関する現象を説明できているとはいえないのと一緒です。
量子力学においては、一般に光子に限らず、位置と運動量の関係が
単純な微分によって簡単に与えられるわけではないのです。
ゆえに、現象は「3次元空間で起こっている」とは言えない訳です。
あなたが現象は「3次元空間で起こっている」と言うならば、
それは古典力学において現象は「1次元空間で起こっている」というのと同じようなものだ、ということです。
つまりは、全ての自由度を見ていないのだ、ということなのです。
r(x,y,z)はrというベクトルを表現しているつもりです。
ちなみに、位置と運動量の関係が、
「波動関数の虚数部分を分けることができない」という
あなたが適当に引用した主張の本当の意味です。
多少の語弊を恐れずに言えば、位置と運動量は、
二つで一つの複素量である、ということです。
結局肝心なところで舌足らずになっている…。
まあ、とりあえず>>268の反応次第かなぁ。
「適当なヒルベルト空間その他」とはどこですか?と聞いたのです。
不確定原理と「3次元空間で起こる」とはいえないことの
関係は?と聞いたのです。
そして、「私に分かるように説明し直して下さい」と言ったのです。
また、勉強しないからだという言い訳ですませる積りですか?
何度同じ事を繰り返せば気が済むのですか?
>量子力学においては、物体の位置を時間の関数として表したところで、現象を表現しているとはとても言えない
>量子力学においては、一般に光子に限らず、位置と運動量の関係が単純な微分によって簡単に与えられるわけではないのです。
だから
>現象は「3次元空間で起こっている」とは言えない
結局、量子力学では不確定原理によって位置と運動量が同時に決まらないから古典物理的な位置と時間が示されないと言ってるだけであって、3次元空間で起こっていないという説明にはなっていません。しかもあなたは以前、3次元空間は「3」次元とは限らないと言いました。ならば位置と運動量が3次元のベクトル値で与えられないことは、量子力学の現象の起こる空間が「3」次元ではないと言ってるだけのことです。量子力学をきちんと勉強しないことによって発生する疑問でも何でもありません。
「適当なヒルベルト空間その他」とはどこかという質問に対する答えはどうなったのですか?
>>272-273
説明には順序というのがあるのです。まずは、>>268の内容をきちんと理解してください。
次に、
>素粒子には実際に波動性があってそれが実際に目の前で干渉や回折を起こしたりしているのですよ。
について。
干渉や回折とは、たとえば位置を検出したときの分布が確率によって与えられることを指します。
このとき、たとえば二つのスリットによる干渉実験について、
古典的な確率で考えれば、その確率分布はP_1(x)+P_2(x)となります。
ただし、P_1(x),P_2(x)とは、それぞれのスリットを通ったときの検出確率です。
しかし、量子力学では、確率分布はP_1(x)+P_2(x)によって与えられません。
ではどのように与えられるかというと、
(√P_1(x)+√P_2(x))^2によって確率分布が与えられることになるのです。
この表現は微妙に正確ではなく、もう少し正確に書き直すと次のようになります。
まず、いま√P_1(x)と書いたものを、ψ_1(x)と書くことにします。
このψ_1は複素数値の関数と解釈しておきます(これも正確ではないですが)。
確率分布P_1(x)は、P_1(x)=|ψ_1(x)|^2によって与えられます。
(これにより√という表記が厳密には正しくなかったことがわかります。)
このとき、同じようにψ_2を定義すれば、二つのスリットを開放しているときの検出確率の分布は
|ψ_1(x)+ψ_2(x)|^2によって与えられるわけです。
このように考えると、ψ_1,ψ_2,ψ_1+ψ_2の全てが「平等」になるように扱えるわけです。
このような確率の計算の仕方も、やはり本質的に複素数が関係しています。
この計算の仕方は古典的ではないですが、確率計算であるということに変わりはありません。
古典的には確率は常に単純に確率の和でしたが、量子論の場合はそうではなく
確率の源となるような関数を考えてやって、それの足し算によって確率を解釈したほうが
現象を説明できるわけです。
>>268とこの説明を理解してもらわなければ、先に進むことはできません。
これらの説明が理解できなければ、どこが理解できないかを指摘してください。
これらの説明の後にヒルベルト空間などの説明がくるのですから、
質問に答えていないというのは間違いです。
>>273
>結局、量子力学では不確定原理によって位置と運動量が同時に決まらないから古典物理的な位置と時間が示されないと言ってるだけであって、3次元空間で起こっていないという説明にはなっていません。しかもあなたは以前、3次元空間は「3」次元とは限らないと言いました。ならば位置と運動量が3次元のベクトル値で与えられないことは、量子力学の現象の起こる空間が「3」次元ではないと言ってるだけのことです。量子力学をきちんと勉強しないことによって発生する疑問でも何でもありません。
さて、では6次元の空間(x,y,z,p_x,p_y,p_z)において、
素粒子の振る舞いは時間に対応して
(x(t),y(t),z(t),p_x(t),p_y(t),p_z(t))を与えることができるでしょうか?
ある時刻において、常に(x(t),y(t),z(t),p_x(t),p_y(t),p_z(t))を与えることができるならば、
たしかにこれらは6次元の空間において起こっている、と考えてもよいでしょう。
しかし、実際には(x(t),y(t),z(t),p_x(t),p_y(t),p_z(t))のような点を与えることはできません。
(x(t),y(t),z(t),p_x(t),p_y(t),p_z(t))の、x,y,zが決まっているときには
p_x,p_y,p_zは本質的に確定的でなく、逆にp_x,p_y,p_zが決まっているときには
x,y,zは本質的に確定的でないのです。
直感的には、(x(t),y(t),z(t),p_x(t),p_y(t),p_z(t))のうち前半を測定した直後に
後半を測定すればよい、と考えるかもしれませんが、
後半を測定すると、測定したときに直ちに前半の量が変化してしまうために
同時に(x(t),y(t),z(t),p_x(t),p_y(t),p_z(t))という一つの値をとることは「ない」
という結論に達したのです。
これは、分布が確率であるという主張よりも更に強いものです。
(x(t),y(t),z(t),p_x(t),p_y(t),p_z(t))という一つの値をいつの時刻においてもとることはない、
という主張なのですから。
これはすなわち、素粒子の振る舞いは6次元の空間における点として
は表現できない、ということを意味します。
あなたはかつて6次元の空間において一点で表されないだけだ、と言いましたが、
そもそも一点で表されるような状態が存在しないのです。
一点で表されるような状態が、確率的に分布して「雲」になっているのではなく、
もともと一点では表されないような状態が、確率的に分布して「雲」になっているのです。
まとめると、
(x,y,z)について考えると、確かにこれらが確定する状態はありますが、
p_x,p_y,p_zについて記述できていないので3次元空間で起こっているとはいえません。
これは、古典力学でxだけでの振る舞いによって現象を記述していると主張するのと同じです。
では、(x,y,z,p_x,p_y,p_z)について考えるとどうなるかというと、
こちらの場合一点で表されるような状態がそもそも存在しないわけです。
(x,y,z)の場合は、これらが同時に確定する状態があります。
しかし、(x,y,z,p_x,p_y,p_z)の場合、これらが全て同時に確定する状態はないのです。
したがって、「6次元空間で起こっている」ともいえません。
そもそも、語義的な話では、波動関数の収縮が3次元空間に影響を与えたり
6次元空間に影響を与えたりしたところで、波動関数の収縮が「そこで」起こっている
などとは直ちにいえるものではありません。
>>274->>276
>まずは、>>268の内容をきちんと理解してください。
>>273
>あなたはかつて6次元の空間において一点で表されないだけだ、と言いましたが、
言ってません。4次元の一点が4つの実数で示される、
5次元の一点が5つの実数で示されるといったようにして
「次元数を増やしていくのだ」という説明をしたのです。
よく読みましょう。
内容に関しては、
あなたは量子力学の現象の起こる空間の次元数が「3」ではないと
言ってるだけのことです。
>>277
>>275-276をきちんと読みましたか?
次元をいくら増やしても、実数の組では本質的に表せないといっているのです。
確定的な値をとるような状態がないのですから。
ちなみに>>106より
>あなたは千回見直したほうがよいですよ。
>「一点では」と書いてあるでしょう。
>>111より
>一点で表せるのが古典力学だからです。波束の幅、Δxという位置の不確定さで表す(一点で表せない)のが量子力学です。
>何が「失敗する」のか知りませんが、極座標は3個の実数の組に変換できるのは事実です。極座標を使って3次元空間の一点の位置を表示しようが3次元空間座標で3次元空間の一点の位置を表示しようが同じ事です。それらは実数の組で表されます。物理で扱う目の前の空間は実数で表されるという簡単なことを言っているのがわかりませんか。
うーん。どうしたら伝わるんでしょうね。
>>278を少しわかりやすく言い換えれば、
そもそも実数であらわせないのだから実数で表現できる空間の存在を仮定することは
本質的でない、ということなんですけどね。
>うーん。どうしたら伝わるんでしょうね。
伝わってますよ。あなたが頓珍漢な方向につっ走っているだけです。質問に答えていない説明は無意味なのです。私はあなたの主張が不整合だと批判しているのです。
>何が起こっているのかは、少なくともあなたが考えている以上にはわかっています。についてそれが波動関数の収縮に関するものだ、と主張したことはありませんが。
波動関数の収縮は「起こっていること」です。観測が主な行為であり、観測すると波動関数の収縮が起こるのです。何が起こっているのかがわかっているのなら、波動関数の収縮も分かっているはずです。
水素原子を外部磁界の存在する空間に置きその外部磁界の方向をZ軸の方向に設置すると、そのスペクトル線がさらに細かく分かれるという実験結果があります。これによって原子の軌道角運動量Z成分Lzが実際に目の前の空間で量子化されているものとして存在しているということが証明されたといえます。
このことは量子力学で説明されている現象は目の前の空間で、つまり「そこで」起こっているということを示します。「目の前の空間ではないヒルベルト空間という特別な空間で」起こっているわけではないのです。
>波動関数の収縮が3次元空間に影響を与えたり6次元空間に影響を与えたりしたところで、波動関数の収縮が「そこで」起こっているなどとは直ちにいえるものではありません。
では、波動関数の収縮が「そこで」起こっていないと仮定してみてもいいですよ。それでは「そこで」起こっていない波動関数の収縮がどのように目の前の空間に影響を与えているのか説明して下さい。
>>281
>水素原子を外部磁界の存在する空間に置きその外部磁界の方向をZ軸の方向に設置すると、そのスペクトル線がさらに細かく分かれるという実験結果があります。これによって原子の軌道角運動量Z成分Lzが実際に目の前の空間で量子化されているものとして存在しているということが証明されたといえます。
その後に直ちに別の測定をしたら、どうなるか分かっていますか?
Lzが測定の直後に「存在」したところで、別の測定をしてしまうと直ちに
Lzは消えうせてしまうわけです。
アインシュタインの論文に逆戻りですよ。
それと、Lzは目の前の空間に存在するわけではありません。
それは、次のことを考えればすぐにわかります。
あなたは、なぜ運動量空間に位置が分布していると言わないのですか?
位置の空間に軌道角運動量が分布しているといえるのならば、
軌道各運動量の空間に位置が分布しているともいえるはずです。
なぜ位置をもってして「存在」とするのですか?
>何が起こっているのかがわかっているのなら、波動関数の収縮も分かっているはずです。
波動関数の収縮が起こることはわかっています。
あなたは、いったい何が言いたいのですか?
>あなたは、なぜ運動量空間に位置が分布していると言わないのですか?
>位置の空間に軌道角運動量が分布しているといえるのならば、
>軌道各運動量の空間に位置が分布しているともいえるはずです。
余談ですが、量子力学の世界では実際にこのような記述の仕方もします。
人間が、その構造上位置を「位置」として感じるだけで、量子力学的には
位置に関する記述も、たとえばその共役運動量に関する記述も、等価です。
ただ、古典的にハミルトニアンが位置演算子で表される場合が多いから
位置演算子をよく用いることがあるだけで、たとえば運動量が一定の状態を記述する際には
運動量演算子によって現象を記述したりします。
「どこで」起こっているか…。そうですね。
コンピューターで足し算を計算するとき、計算は「どこで」されているかというと、
当然コンピューターの中な訳です。
では、コンピューターの中でシミュレーションされた分子が、
「どこで」計算されているのかをしることはできると思いますか?
確率が「どこで」決まっているかというのは、そういうことを意味する訳です。
それとは関係なく、確率によって選び取られた結果は、シミュレーションに影響するわけです。
意味が分かりますか?
>>267
>波動関数の収縮は「起こっていること」です。
波動関数の収縮が「起こっていること」ならば、>>253のサイコロ確率の収縮も「起こっていること」です。
>>264で言うようにサイコロが「純粋に概念の話」ならば、波動関数の収縮も「純粋に概念の話」です。
どちらも、確率概念とその対象物の話です。術語が二重基準だと、話が整合しませんよ。
>このことは量子力学で説明されている現象は目の前の空間で、つまり「そこで」起こっているということを示します。
さて、波動関数の収縮を「起こっていること」とするように表現を統一するとして、
それが何処で起こっているかというと、言うまでもなく、波動関数が「存在」する場所で起こっているのです。
ここまでは、量子論ではなく、日本語の問題ですね。
それで、波動関数が何処に「存在」するのかと言えば、波動方程式を用いて「現実」をモデル化した
その数理モデルの中に「存在」しているのです。このことに疑う余地があるとは考え難いのですが、
これのどこが疑問なんでしょうか?
以前に、虚数の存在に関して、数学言語(数式)で構成したモデルと自然言語で構成したモデルの比較をしましたが、
波動関数の存在も、それと同じことです。波動関数は、その存在を仮定した場所に存在しているのです。
equilibriumさんの文章には、「目の前の空間」「そこ」「3次元空間」「時空」などの語が登場しますが、
これらは、equilibriumさんが自然言語によって構成したモデルの名称です。
実際に知覚することなしに「現実」の存在を知りえない以上、観測を通じて構成されたモデル以外のものを
我々は持ちえません。
各人が構成したモデルに共通部分が多いことの根拠として、その「存在」が仮定される「現実」の存在は、
各人のモデルより更に一階上の高次モデルということになります。その存在は、前提ではなく、結論なのです。
equilibriumさんの「現実」内で、波動方程式の収縮が「起こっている」か否かは、
equilibriumさんの内面的な問題であって、物理学の問題ではありません。
量子力学のある「現実」内では、波動方程式の収縮は起こるのであり、そこが正に収縮が起こる「そこ」です。
量子論を学んだ者は、波動方程式の収縮する「そこ」を、「現実」の一部として共有しています。
equilibriumさんがそれを共有するか否かも、またequilibriumさんの内面的な問題です。
アクロバット
いいえ。真正面の正攻法です。
今、私が何をやっているのかを説明しておきます。
私は個人的に「わかりたい」欲望に突き動かされてあなたに質問してるのではなく、観測/解釈問題を考えるという事はどういうことかを実際あなたに経験してもらうという計画に則って質問しています。この経験により、観測/解釈問題を検討するにはあなたが披露した数式を理解しさえすればいいという問題ではないということを身を持ってわかってもらいたいからです。
観測/解釈問題のような問題考察は数式の細かい内容に必要以上に踏み込むのでなく、「既に数式や実験からわかった【結果】」を事実として考察のデータとすることで全体を論理的に整合させる事の方が役立つのです。そしてこういった考察の仕方が「哲学的に考える」ということなのです。
日が差し迫ってきたので、
返答を待たずにまた書き込みも読まずに、次に行きます。
次のポイントは、あなたの次の主張の整合検証です。
>>42
>量子力学を「解釈」しようとするのは、古典的な代数(実数と素朴な論理)でしかものを考えられないからであって、量子力学における代数系(関数/行列系)を理解すれば、単に我々の一番身近な代数で量子力学を語ろうとするのが誤りであるということが分かります。
この主張を要約すると
「量子力学の解釈問題とは、古典的な代数(実数と素朴な論理)でしか
ものを考えられないから起こる問題である �」
となります。これは
「量子力学における代数系(関数/行列系)を理解している)ならば、
解釈問題があるとは言わない �‘」
という主張でもあります。
>>262
「(学者達が量子力学の)解釈問題があると(言っていると)いう
「事実」に対して反論したことはありません �」
(括弧内は、文脈の不足による情報不足を補足したものです)
�と�‘と�から、あなたは
「量子力学の解釈問題があると言ってる学者達は、
古典的な代数(実数と素朴な論理)でしかものを考えられない」
と主張しているということになります。
>>289
>量子力学の哲学的解釈など全く有用ではありませんし、そもそも日常の素朴な論理が量子のレベルで正しい訳ではありません。
>しかし、数学的表現を用いたところで、あなたたちは素朴な論理と素朴な直感を用いて解釈しようとするだけでしょう。
>例えば排中律は直感論理において成立せず、その意味で必然真でも何でもありません。
あなたは、これらの主張が読めないのですか?
どうして「解釈」としているのか、よく考えましょう。
僕は、哲学的解釈は有用でないといっているのであって、
解釈問題そのものを否定したことはありません。
それは何度も述べるとおりです。
ちなみに、解釈問題という語が専門語として用いられることはあまりなく、
普通あなたが主張するような問題は「観測の理論」に組み込まれます。
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/00/6/0061350.html
対照的に、観測問題という語はよく使います。
なぜ解釈でなく観測を冠することが多いのか、ということは、
観測の理論を勉強すればわかります。
>>289
>返答を待たずにまた書き込みも読まずに、次に行きます。
この辺に、equilibriumsdさんの本質があるようです。
>>282
さらに続けて、あなたの別の主張の整合性を検証します。
その前に数点。
> Lzが測定の直後に「存在」したところで、別の測定をしてしまうと直ちにLzは消えうせてしまうわけです。
この実験の意味がわからないようですね。
>位置の空間に軌道角運動量が分布しているといえるのならば、軌道各運動量の空間に位置が分布しているともいえるはずです。なぜ位置をもってして「存在」とするのですか?
位置の話ではありません。ここでいう原子の軌道角運動量は、古典力学の粒子の軌道角運動量L= mvr とは異なるもので、L= h bar √(ℓ(ℓ+1)です。質量も速度も入っていません。スペクトル線がさらに細かく分かれるという実験結果が得られたことによってLzが量子化されていることがわかるわけです。Lzが量子化されていなければスペクトル線がさらに細かく分かれることはないという話です。
>>290->>292
>どうして「解釈」としているのか、よく考えましょう。
どうして「解釈」としているのか説明して下さい。
>解釈問題そのものを否定したことはありません。
解釈問題そのものとは何だと思っているのですか? もし、私が解釈/観測問題を誤解していると言いたいのであれば、あなたは「正しい解釈/観測問題」を把握しているはずなので、その「正しい解釈/観測問題」と照合することで、私がどこをどのように誤解しているのかを論証して下さい。これが冒頭で述べた次の整合検証ポイントです。
>ちなみに、解釈問題という語が専門語として用いられることはあまりなく、
専門語ではありません。解釈がさまざまに分かれてどの解釈が正しいのか分からないので「解釈問題」といわれているのです。(コペンハーゲン解釈、多世界解釈、など)
>なぜ解釈でなく観測を冠することが多いのか、ということは、観測の理論を勉強すればわかります。
「なぜ解釈でなく観測を冠することが多いのか」などということに
興味はありません。
× L= h bar √(ℓ(ℓ+1)
○ L= h bar √l(l+1)
l は1でなく小文字のエル。
>>294
>位置の話ではありません。ここでいう原子の軌道角運動量は、古典力学の粒子の軌道角運動量L= mvr とは異なるもので、L= h bar √(ℓ(ℓ+1)です。質量も速度も入っていません。スペクトル線がさらに細かく分かれるという実験結果が得られたことによってLzが量子化されていることがわかるわけです。Lzが量子化されていなければスペクトル線がさらに細かく分かれることはないという話です。
で、軌道角運動量はどこにあるんですか?
軌道角運動量がそこにあるとき、位置や運動量はどうなっているのですか?
>解釈問題そのものとは何だと思っているのですか?
量子力学が、観測の細部をまだ「きちんと」規定できていないことと、
それに関する未検証事項の類に関する問題です。
>専門語ではありません。解釈がさまざまに分かれてどの解釈が正しいのか分からないので「解釈問題」といわれているのです。
コペンハーゲン解釈という語は専門語です。
観測の理論という語も専門語で、専門的な対象です。
それがなぜ「解釈の理論」でないのか、考えたほうがよいと思いますよ。
カロリックやフロギストンを哲学的に考えることで、何か理論は進展しましたか?
「世界の真の描像」に関しては、カロリックやフロギストンに関する「哲学的な考察」は
何の価値もありませんでした。
だから、カロリックやフロギストンはもはや「打ち捨てられて」いるのです。
解釈問題でも同じです。それらの「意味」を考えたところで、
実体を伴った議論でなければ、何の意味もないのです。
たとえば、ソーカル事件について、皆さんはどう思いますか?
>だから、カロリックやフロギストンはもはや「打ち捨てられて」いるのです。
もちろん、モデルとしては価値がありますよ。
熱力学の導入にカロリック説を仮定したカルノーの主張が使われたりはします。
>>296
>で、軌道角運動量はどこにあるんですか?軌道角運動量がそこにあるとき、位置や運動量はどうなっているのですか?
あなたは散々、古典物理の粒子的な考え方を棄てろと言っておきながら何故そのような質問ができるのですか?何が起こっているか分かってると言いましたよね。自分で書いてきたことを理解できていないのですか?
粒子の取り得る物理量E、L、Lzは量子化されているのです(波動性)。つまり角運動量とその方向は飛び飛びに変化しているということです。軌道角運動量Lの方向が何個あるかはLzの飛び飛びの値が表しています。粒子の物理量E、L、Lzはこの中の一つをとるというわけです(粒子性)。スペクトル線がさらに細かく分かれるのは水素原子の磁場との反応の仕方が電子のZ成分の値によって異なるからです(電子のスピンも関係する)。
脱線はこのくらいにして下さい。また、大いに予想できるので前もって言っておきますが、スピンという語に飛びついて新たな脱線をしないようにして下さい。ここではLzが量子化されていなければ(飛び飛びの値をもっていなければ)スペクトル線がさらに細かく分かれることはないという話をしているのです。サイコロの目の出る確率はこのような物理的な反応などしないでしょう。だから話が違うのだという実例を示しているのです。
>>解釈問題そのものとは何だと思っているのですか?
>観測の細部をまだ「きちんと」規定できていないことと、それに関する未検証事項の類に関する問題です。
>>150であなた自身が紹介したサイトのページの後半の内容を繰り返しているのですか?http://www.a.phys.nagoya-u.ac.jp/~taka/think/kansoku.html
あのページでなされている議論は、多世界解釈に傾いている著者がコペンハーゲン解釈より多世界解釈の方が自然だと思えるという「主張」に過ぎません。そのうえその論証が、悪い意味で形而上学的すぎます(ウイーグナーの説を信じているのか?)。あれを書かれた方は自分でそのような展開をしておいて、解釈は「解釈」であって科学理論ではないという流れに話を持って行ってます。さらに、「観測問題の正しい理解が必要不可欠である」と言いながら、その重要な点には殆ど触れていません。解釈のどれが自然かどうかという話より、何故そのような解釈が生まれてしまうのか、その解釈ではどのように問題を掴めないのかなどを議論する方がよほど有益です。
さて、観測の細部を「きちんと」規定できれば観測問題は解決するのですか?「それに関する未検証事項の類に関する問題」とは何ですか?
>>>解釈問題という語が専門語として用いられることはあまりなく、
>>専門語ではありません。
>コペンハーゲン解釈という語は専門語です。観測の理論という語も専門語で、専門的な対象です。
「解釈問題という語」が専門語ではないと言ってるのですが。
>それがなぜ「解釈の理論」でないのか、考えたほうがよいと思いますよ。
>どうして「解釈」としているのか、よく考えましょう。僕は、哲学的解釈は有用でないといっているのであって、解釈問題そのものを否定したことはありません。(>>290)
>最初あなたは「哲学的に考えてみるとか」と言ったので、僕はそれに対して「それは量子力学に何ら寄与せず、また無価値だ」と言ったのです。(>>181)
あなたは私の「量子力学の解釈問題を哲学的に考えてみるとか」に反応して「【それ】は量子力学に何ら寄与せず、また無価値だ」と言ったのです。私は初めから「量子力学の解釈問題」とはっきり言ってるのです。
「量子力学の解釈問題」と言えば、知っている人ならすぐに、波動関数の収縮を中心とした「観測問題がある」ことによりコペンハーゲン解釈や多世界解釈などの「解釈が分かれている」という事情を察し、何故そのような状況になっているのかなどの学問的な話をするのです。あなたのように、哲学的解釈がどうの疑似科学がどうのトンデモ理論をぶっつぶす、などという反応にはならないのです。(哲学カテ終了済み『現実とは何か』参照)
あなたは「量子力学の【解釈】問題を【哲学的】に考えてみるとか」から【哲学的】+【解釈】=哲学的解釈、のように連想してしまったのでしょう。このケースにせよ、上の「【解釈】問題という語」を「コペンハーゲン【解釈】という語」と一緒くたにしてしまったケースにせよ、あなたの読解力の低さと論理飛躍はあまりに情けなさ過ぎです。これではまるでバカボンの世界です。「柳」の枝に「猫」が居るからその柳は「猫柳」なのですか? 反論したいのなら、もっとましな点に目をつけた上で、きちんと立論して下さい。
>>299
>粒子の取り得る物理量E、L、Lzは量子化されているのです(波動性)。つまり角運動量とその方向は飛び飛びに変化しているということです。
>ここではLzが量子化されていなければ(飛び飛びの値をもっていなければ)
不安的中。。。>>116
>あなたは散々、古典物理の粒子的な考え方を棄てろと言っておきながら何故そのような質問ができるのですか?何が起こっているか分かってると言いましたよね。自分で書いてきたことを理解できていないのですか?
僕は、あなたがどう考えているのかを聞いているのです。
一般的な常識について問うている訳ではありませんので念のため。
>あのページでなされている議論は、多世界解釈に傾いている著者がコペンハーゲン解釈より多世界解釈の方が自然だと思えるという「主張」に過ぎません。
では、サイトを書いた教授にメールを送ってみてください(笑)
一般的な物理学者がどのように考えているのかということを、
きちんと説明してあげたんですけどね。
>さて、観測の細部を「きちんと」規定できれば観測問題は解決するのですか?
物理学的には問題は解決します。
>「それに関する未検証事項の類に関する問題」とは何ですか?
たとえば、どこからが「古典的な対象と相互作用する測定器であるのか」などといった問題について、
理論を応用する側の定性的な判断はあっても、本質的・定量的な定義はありません
(適当な精度を用いて「恣意的に」定義することは可能ですが)。
>あなたは私の「量子力学の解釈問題を哲学的に考えてみるとか」に反応して「【それ】は量子力学に何ら寄与せず、また無価値だ」と言ったのです。私は初めから「量子力学の解釈問題」とはっきり言ってるのです。
だから、僕は「哲学的に語ること」を否定したのです。
何度いわせれば気が済むのですか?
どうしても僕の日本語力の欠如にしたいのならば、それで結構です。
僕はあなたと違って、建設的な議論がしたいのですから。
そもそも、僕は事実をあなたに認識させることができない時点で、
日本語力が欠けているに決まっています。
今までのあなたの誤解の数々は僕の日本語力の欠如によるものであったとして、
では僕があげた数々の量子力学に関する質問に答えてください。
解釈問題を語る上では基礎的な事項ですから。
松原 隆彦さんは准教でしたね。まあ大した問題ではないですが。
>>299
>「量子力学の解釈問題」と言えば、知っている人ならすぐに、
>波動関数の収縮を中心とした「観測問題がある」ことにより
>コペンハーゲン解釈や多世界解釈などの「解釈が分かれている」という事情を察し、
>何故そのような状況になっているのかなどの学問的な話をするのです。
equilibriumさんは「知っている人」であるために「すぐに」「察し」てしまったのだなあ
と感じさせる味わい深い文章です。たぶん、この辺に問題の根源が。
観測問題は、「観測によって波動関数の収縮が起こる」と言うときに
その「観測」が何であるかが定義されていないという問題です。
「波動関数の収縮」のほうは、単なる数学上の現象で、サイコロの確率収縮と変わり無い。
問題の中心でも何でもありません。
「察し」てしまう前に、少しは勉強しないと
>たとえば、ソーカル事件について、皆さんはどう思いますか?
などと言われてしまうだけですよ。
equilibriumさんの言う
>>294
>解釈がさまざまに分かれてどの解釈が正しいのか分からないので「解釈問題」といわれているのです。
の意味での『解釈問題』は既に解決済みで、
アインシュタインのような古典期の学者はともかく、現代の(まともな)物理学者で
それを問題だと考えている人はいないでしょう。
コペンハーゲン解釈にせよ、多世界解釈にせよ、解釈は検証不能な「解釈」に過ぎず、
どの解釈を採るかによって波動方程式が予言する内容に差は生じないので、
解釈を問題にすること自体が無意味だ…というのが、その答えです。
「だから、解釈なんてどれでもいいや、確率論的解釈にしとこ。」が
量子力学の暫定的なコンセンサスになっていて、それが「コペンハーゲン解釈」です。
確率論が採用された理由は、(「知っている人」には意外かも知れませんが、)
それが数学的に簡単で、邪魔にならないからです。例えば、先導波などは、計算上かなり邪魔になります。
それだけのことです。
今の所、量子力学は、解釈はやめて方程式そのものを見れば、そこに現象が(かなり)正しくモデル化されている
という立場をとっている訳ですが、それでも依然として、解釈を得たいという素朴な欲求は残ります。
その意味での「解釈問題」は、(物理学上)確かに存在します。
しかし、それを考察するためには、解釈の違いによって量子力学のする予言に差が生じるような、
すなわち、解釈の真偽が検証可能になるような、実験系を見つけることが不可欠で、
書斎で頭を捻ってどうこうなる問題ではありません。
「解釈問題」は物理学の問題であって哲学の問題ではない…というのは、そういう意味です。
>>302に問題の根本がよく書かれているので、>>300よりも>>302を丁寧に読んだほうが
equilibriumさんが何を理解できていないのかがはっきりするでしょう。
ちなみに、現在の観測精度では無理ですが、もしもっと精度があがれば
「解釈」の違いは現実的になります。
ただ、そういう「真に哲学的」な領域になると、
クラインゴルドンどころか一般相対論の結果も説明する理論に基づくものでなければ、
世界の根源を記述しているとはいえません。
人類は、そんな哲学的なことが語れるほど多くの知識はいまだ手にしていないのです。
そして、その現在の人類の知識すら俯瞰することを拒むのが、
今の哲学の現状なのです。
本当に哲学的なことが語りたいのなら、きちんと勉強してからにしなさい。
言葉で理解するというのは、言葉でアバウトに理解するということでは決してありません。
言葉によって、その本質を理解するということです。
まともに物理学を勉強すれば、「物理現象を数式で理解」などしていないことがよくわかります。
理論の教程というのはほとんどが数式ではない普通の言葉によってなされ、
数式はキーポイントに登場するだけなのです。
僕は確かに「数式が理解できないから現象が理解できないのだ」といいましたが、
それは「数式によって理解する」などというばかげたことをいっている訳ではありません。
数式は、言葉で現象を表現する際に必要最低限の記述で済むように考案された
記号のことであって、言葉の一部でしかありません。
つまり、本当に物理学を理解するためには、「言葉による理解」は絶対に必要なのです。
>>300
>>さて、観測の細部を「きちんと」規定できれば観測問題は解決するのですか?
>>物理学的には問題は解決します。
ではその解決の手順を「具体的に」書いて下さい。「解決する」と言うだけなら誰にでも言えるのです。
>>「それに関する未検証事項の類に関する問題」とは何ですか?
>たとえば、どこからが「古典的な対象と相互作用する測定器であるのか」などといった問題について、理論を応用する側の定性的な判断はあっても、本質的・定量的な定義はありません(適当な精度を用いて「恣意的に」定義することは可能ですが)。
要するに本質的・定量的な定義を確率すれば解決すると思ってるのですね。ではそれがどのように可能なのか「具体的に」書いて下さい。
>>302
>「波動関数の収縮」のほうは、単なる数学上の現象で、サイコロの確率収縮と変わり無い。
問題の中心でも何でもありません。
問題の中心である事は私の創作ではなく事実なので、あなたがそれを信じないのはあなたの勝手でしょう。サイコロの確率収縮と違うということを示した実験例に対して何も反論できないのですか?
>たとえば、ソーカル事件について、皆さんはどう思いますか?などと言われてしまうだけですよ。
気付いてないなら教えてあげますが、あなたは下らない脱線ばかりに注目していますよ。
>>解釈がさまざまに分かれてどの解釈が正しいのか分からないので「解釈問題」といわれているのです。
>の意味での『解釈問題』は既に解決済み
解決したとは初耳です。
>解釈を問題にすること自体が無意味だ…というのが、その答えです。
それは「解決した」とは言いません。
>「だから、解釈なんてどれでもいいや、確率論的解釈にしとこ。」が量子力学の暫定的なコンセンサスになっていて、それが「コペンハーゲン解釈」です。
?? あなたはかなりコペンハーゲン解釈を誤解しているように思います。
>解釈の違いによって量子力学のする予言に差が生じるような、すなわち、解釈の真偽が検証可能になるような、実験系を見つけることが不可欠で、書斎で頭を捻ってどうこうなる問題ではありません。「解釈問題」は物理学の問題であって哲学の問題ではない…というのは、そういう意味です。
下を読んでもらえば分かると思いますが、私も「無益な論点」などは欲していないのです。また、どの解釈の方がどうであるといったアプローチにも興味は無いのです。何故なら、これらの解釈自体が検証可能になるような実験系を見つけることは不可能だからです。だからこそ、解釈自体でなく実験結果や計算結果をデータとして論理的に整合させるという考え方が必要なのです。解釈自体を形而上学的に考えるのも哲学的な思考法と言う人がいるかもしれませんが、>>299でも言ったように、そのような論点は結論の出ない議論、悪い意味での形而上学的議論です。私はそのような議論に興味はありません。あるのは実験結果や計算結果をデータとして論理的に整合させるという哲学的な思考法です。
sunsarさんとkeitaさん
当たり前のことをいちいち手取り足取り解説してあげなければあなた方二人は話が理解できないようで本当に疲れます。sunsarさんが貼り付けたページがやっているような「コペンハーゲン解釈と多世界解釈のどちらが自然な解釈か」といったような論点は有益ではないのですから、有益な話がしたいのならそのような論点を選ばなければ良いだけなのです。「哲学的に考えてみる」=「コペンハーゲン解釈と多世界解釈のどちらが自然な解釈かを考えてみる」と思い込んでいるから話がおかしくなるのです。sunsarさんは「何を」「どのように」哲学的に考えるのかを話し合う前に自分の思い込みで頓珍漢な方向に走り始め、半年たった今でもなおその猪突猛進(&妄信)が止まらないのです。二人とも、もう少し慎重に物事を考えるようにして下さい。
>>304
>あるのは実験結果や計算結果をデータとして論理的に整合させるという哲学的な思考法です。
計算結果をデータとして論理的に整合させる方法として、
量子力学という体系がきちんと存在していますよ。
あなたは何を言っているのですか?
たとえば、あなたが「パラドックス」と聞いて例示した
シュレディンガーの猫というのは、
その与える「認識」がいくら奇妙なものであっても、
計算結果としては確かに現実と一致しています。
もしそこに問題があるというのならば、具体的に指摘してください。
どこにもそんな問題はありませんから。
>要するに本質的・定量的な定義を確率すれば解決すると思ってるのですね。ではそれがどのように可能なのか「具体的に」書いて下さい。
それがまだできていないから解釈問題はあるのですが。。。
ついでに言うと、それは観測や計算の技術の向上によって解決がもたらされる問題であって、
哲学的に考えることで解決するようなものではありません。
それは何回も何回も言っていることです。
>>305>>306
>>>>>>解釈問題そのものとは何だと思っているのですか?
>>>>>観測の細部をまだ「きちんと」規定できていないことと、それに関する未検証事項の類に関する問題です。
>>>>「それに関する未検証事項の類に関する問題」とは何ですか?
>>>たとえば、どこからが「古典的な対象と相互作用する測定器であるのか」などといった問題について、理論を応用する側の定性的な判断はあっても、本質的・定量的な定義はありません(適当な精度を用いて「恣意的に」定義することは可能ですが)。
>>要するに本質的・定量的な定義を確率すれば解決すると思ってるのですね。ではそれがどのように可能なのか「具体的に」書いて下さい。
>それがまだできていないから解釈問題はあるのですが。。。
話が通じない人ですね。観測の細部をまだ「きちんと」規定できていないことと、それに関する未検証事項の類に関することが問題なのでしょう?そして「それは観測や計算の技術の向上によって解決がもたらされる問題(>>306)」と思っているのでしょう? ということは、「観測や計算の技術の向上すれば解釈問題が無くなる(解決する)」とあなたは言ってるのです。だから具体的にどのように観測や計算の技術を向上させればその問題をなくすことができるのかと聞いているのです。観測や計算の技術の向上させれば不確定性原理がなくなるとでも?
>>あなたは散々、古典物理の粒子的な考え方を棄てろと言っておきながら何故そのような質問ができるのですか?何が起こっているか分かってると言いましたよね。自分で書いてきたことを理解できていないのですか?
>僕は、あなたがどう考えているのかを聞いているのです。一般的な常識について問うている訳ではありませんので念のため。
?? この実験の意味が本当に何もわからないのですね。そのような人が何が「勉強しなさい」ですか。やっと確信できましたよ、あなたが言葉で説明できない理由、まともな反論ができない理由、妙な質問をしてくる理由、話がずれまくる理由が。
>>304
> >「波動関数の収縮」のほうは、単なる数学上の現象で、サイコロの確率収縮と変わり無い。
> >問題の中心でも何でもありません。
> 問題の中心である事は私の創作ではなく事実なので、あなたがそれを信じないのはあなたの勝手でしょう。
equilibriumさんの勘違いでなくて、誰の勘違いなのか、示してもらえると話が早いのですが。
> サイコロの確率収縮と違うということを示した実験例に対して何も反論できないのですか?
???
そんなものがあるんですか? 是非、その実験例を示してください。
トンデモだとしても、かなり興味深いです。
> 解決したとは初耳です。
だから、多少は勉強してから考えたほうがよいと皆が言っているのです。
量子力学は解釈論を卒業してしまっている…という考えは、特別珍しいものではありません。
賛否はともかく、初耳というのは、いくらなんでも。
> >解釈を問題にすること自体が無意味だ…というのが、その答えです。
> それは「解決した」とは言いません。
いいえ。それも立派な「解決」です。
例えば、方程式を解けと言われて、その方程式の解が不定であることを示すことは、
問題の完全な解決にないます。
> あなたはかなりコペンハーゲン解釈を誤解しているように思います。
物理学方面の人で、本気で確率論的解釈を信じている人はいないでしょう。
神がサイコロを振ると信じることは、神がサイコロを振らないと信じることと同程度に
無意味で宗教的なことです。
誰かがサイコロを振っていると考えても、現在の量子力学とは矛盾しないから、
そのような解釈を採ってもよい。そうすれば、話が(少なくとも数学的には)簡素化できる
というのが、常識的な立場だと思いますが。
> 私も「無益な論点」などは欲していないのです。
それは嬉しい。
> 何故なら、これらの解釈自体が検証可能になるような実験系を見つけることは不可能だからです。
それは、勇み足。その不可能性は「証明」されていません。
現在のところ見つかっておらず、見つける目処も全く立っていないというだけです。
それこそ「観測問題」が、その突破口になるかもしれない…という妄想を抱いている人は
多いはずです。私も、その一人です。
> だからこそ、解釈自体でなく実験結果や計算結果をデータとして論理的に整合させるという考え方が必要なのです。
> 解釈自体を形而上学的に考えるのも哲学的な思考法と言う人がいるかもしれませんが、>>299でも言ったように、
> そのような論点は結論の出ない議論、悪い意味での形而上学的議論です。
賛成です。そのような「考え方」を、世間では自然科学と呼んでいます。
「データとして論理的に整合させる」手法として、凡百の研究者は数学を使うのですが、
数学を使うと「言葉になっていない」と考える人は、独自の方法を考え出す必要があるでしょう。
その際、>>139などが参考になると思うのですがね。
>>307
>だから具体的にどのように観測や計算の技術を向上させればその問題をなくすことができるのかと聞いているのです。
単純な確率解釈と、多世界解釈、パイロット波解釈は
近似を用いなければ厳密には違う方程式を与えます。
それらの方程式をより厳密に解く方法を確立し、
それらの予測の違いを明確にして観測すれば、
具体的にどの解釈がより現実に適合しているかというのが分かります。
ちなみに、パイロット解釈が「不人気な」理由は、厳密に解こうとすると
現実を説明できない解にいたるからです。
もちろん、それはパイロット解釈の修正不可能な本質的問題かどうかというと
そうでもないでしょうが。
補足 >>305
>量子力学という体系がきちんと存在していますよ。あなたは何を言っているのですか?
その通り。他の物理理論と同様、量子力学でも数式だけでなく哲学的思考もなされているのです。あなたが勝手に「哲学的に考えてみる」=「コペンハーゲン解釈と多世界解釈のどちらが自然な解釈かを考えてみる」と思い込んでいたから話がおかしくなったのです。そのような簡単なことに気付くのにあなたは半年もかかったわけです。
>たとえば、あなたが「パラドックス」と聞いて例示したシュレディンガーの猫というのは、その与える「認識」がいくら奇妙なものであっても、計算結果としては確かに現実と一致しています。もしそこに問題があるというのならば、具体的に指摘してください。どこにもそんな問題はありませんから。
シュレーディンガーの猫の名を挙げたのは、慣例でそれがパラドクスという名で語られるものの一つとして存在しているからです。しかし私見を言えば、シュレーディンガーの猫はあまり良い反論とは思っていません。理由を説明します。マクロの物体である猫の生と死は排他的な二つの状態です(¬死=生、¬生=死)。しかし、波動関数の重ね合わせは果たして互いに排他的な性質を持った状態でしょうか? それがyesとはっきりいえない限り、シュレーディンガーの猫による反駁は不可能です。
>>308
> equilibriumさんの勘違いでなくて、誰の勘違いなのか、示してもらえると話が早いのですが。
そんな下らないことは自分で考えましょう。
>> サイコロの確率収縮と違うということを示した実験例に対して何も反論できないのですか?
>???そんなものがあるんですか? 是非、その実験例を示してください。
>>281から話が出ている水素原子の実験。
>>解決したとは初耳です。
>だから、多少は勉強してから考えたほうがよいと皆が言っているのです。
皮肉も通じないとは。
> それは「解決した」とは言いません。
>>いいえ。それも立派な「解決」です。
また始まった。ではあなたが勝手に「解決」と呼べばいいでしょう。
どうしてもkeita語を使いたがる人とは話ができません。
>方程式を解けと言われて、その方程式の解が不定であることを示すことは、問題の完全な解決にないます。
それとこの話は違います。分からないのですか?
論点を変えたというだけのことです。
>> 何故なら、これらの解釈自体が検証可能になるような実験系を見つけることは不可能だからです。
それは、勇み足。その不可能性は「証明」されていません。現在のところ見つかっておらず、見つける目処も全く立っていないというだけです。それこそ「観測問題」が、その突破口になるかもしれない…という妄想を抱いている人は多いはずです。私も、その一人です。
また話がずれています。これらの「解釈自体」がと言ってるのですよ。
特に多世界解釈は、他の世界があるかどうかなど検証のしようがありません。
>>309
>それらの方程式をより厳密に解く方法を確立し、それらの予測の違いを明確にして観測すれば、
具体的にどの解釈がより現実に適合しているかというのが分かります。
多世界解釈がそのような方法で現実に適合しているかというのが分かるとでも? 観測する事で素粒子にエネルギーを与えてしまっているのに、予測の違いを明確にしさえすればそういった問題を回避できるとでも? 不確定性原理はどうなるのかという質問にも答えてませんよ。
訂正
× (¬死=生、¬生=死)
○ (¬死=生、¬生=死)
かなり期待していたのですが、正直がっかりしました。
何かオモシロイ話が出てくるかと思ったのですが。
単に >>282 も >>285 も理解できなかっただけなんですね。
だから、その直後に流れを変えようとしたのかな。
> また始まった。ではあなたが勝手に「解決」と呼べばいいでしょう。
> どうしてもkeita語を使いたがる人とは話ができません。
「方程式を解けと言われて、その方程式の解が不定であることを示すことは、
問題の完全な解決になります。」に同意できないのなら、
話ができる相手は極めて限られてしまうでしょう。
言葉には、世間で通用している意味というものがあります。
> 特に多世界解釈は、他の世界があるかどうかなど検証のしようがありません。
検証しようがあるかないかを、誰が検証しましたか?
多世界解釈自体が荒唐無稽なものではありますが、そんなものを仮定するなら、
ひょっとして多世界間を情報伝達する未知の物理現象があって…と仮定しても、
荒唐無稽さの増分は誤差の内でしょう。
分かっていることは、現在の量子力学では検証不能であるということだけです。
無意味な拡大解釈は要りません。
> 観測する事で素粒子にエネルギーを与えてしまっているのに、
「観測」が定義できていないことが問題だというのに、そんなことを言い切って
よいのですか? 自分が何を言っているか理解していますか?
そんな粗雑な言葉遣いでは、観測問題は考察できません。
>>311
>その通り。他の物理理論と同様、量子力学でも数式だけでなく哲学的思考もなされているのです。あなたが勝手に「哲学的に考えてみる」=「コペンハーゲン解釈と多世界解釈のどちらが自然な解釈かを考えてみる」と思い込んでいたから
あなたは何を言っているのですか?
まだ僕の主張が理解できていないじゃないですか。
僕は「哲学的に考えてみる」=「コペンハーゲン解釈と多世界解釈のどちらが自然な解釈かを考えてみる」
などとは全く考えていません。
>マクロの物体である猫の生と死は排他的な二つの状態です(¬死=生、¬生=死)。しかし、波動関数の重ね合わせは果たして互いに排他的な性質を持った状態でしょうか?
あなたはすごいですね。死や生を定義できたのですか。すばらしい。
>多世界解釈がそのような方法で現実に適合しているかというのが分かるとでも?
分かります。
あなたはそう考えてはいないのでしょうか、多世界解釈というかエヴェレット解釈は、
正確には観測に観測者を織り込んでしまうような定式化のひとつです。
>観測する事で素粒子にエネルギーを与えてしまっているのに、予測の違いを明確にしさえすればそういった問題を回避できるとでも?
これはさすがに意味不明なので、きちんと量子力学を勉強したほうがよいでしょう。
観測とはエネルギーを与えることではありません。
たとえば、光を吸収した場合はエネルギーを吸収しますし、
散乱などもエネルギーは保存されます。
>不確定性原理はどうなるのかという質問にも答えてませんよ。
不確定性原理はただの原理ですが。どうにもなりませんよ。
不確定性原理は不確定性原理です。
そこには何の奇妙な主張もありません。
>>314
僕があの文脈において「哲学的思考」と捉えているのは、
「物理学的な実験手法によらない純粋な思索による判断」(>>157)であり、
実験の結果は数などによって表現されていることから
「数式ないし数式の表現する内容をきちんと咀嚼せずに全体を把握しようとすること」
を意味します。
この「哲学的思考」についての解釈が正当であることは、あなたの>>177
>それと同じで、文系が言語を使うことで「誤解」も生みやすくなるのは承知です。理系にとっては小さな計算間違いも致命的となるかもしれませんが、文系にとっては、間違いや誤解は大した問題じゃないのです。誤解は生まれたら解いていけばいい。初めから完璧である必要はないのです。概要を掴んだあと、言葉での理解がもどかしくなったりもっと詳しい事情を知りたいと思った時、キーポイントとなる数式を勉強していけばいいと私は思っています。(たまには楽して一気に駆け抜けたいと思うことも私には大いにあるので。邪道的文系かも)
が保障します。
どうしても「哲学的思考」という言葉遣いが気に食わなければ、
僕の日本語力のせいにして適当な言葉に置き換えてもらえば結構です。
本当に現象を細部まで捉えた言葉で真に哲学的なことを語るのならば、それは結構なことです。
しかし、それを試みようとする人に、まともに量子力学が理解できている人は少ない
(教授レベルですら、量子論を専門としない人の主張はおかしいことがある)
という事実を付け加えておきます。
実際に、たとえばあなたは全く量子論が理解できていません。
それが「粗いレベル」であっても、です。
だから観測に対して素粒子にエネルギーを与えるなどと頓珍漢なことを言い出すのです。
それを踏まえて、僕は量子論を哲学的に語ることを否定しているのです。
どこでもドア
[316]星々の生まれる丘 07/12/17 19:36 tIQ6IKKMpb
[22]kou 07/09/09 19:00 tIQ6IKKMpb
および
小学生のころ・・・。
[186]星々の生まれる丘 07/11/28 19:43 PMIeefmzuN
[0]kou 07/11/26 16:42 PMIeefmzuN
[2]星々の生まれる丘 07/11/26 17:02 PMIeefmzuN
から、>>316-317にはkouさんという人が絡んでいるような気がします。
そろそろ、登場かな?
あんまり無駄に煽るようなことは…
ふと思ったのですが、そもそも解釈にはどのような価値があるのでしょう。
価値というとアレなので、解釈はどのあたりが知的であるといえるのでしょうか。
そもそも知的であるとはどういうことか、という問題にもなりますが。
>>302
>観測問題は、「観測によって波動関数の収縮が起こる」と言うときにその「観測」が何であるかが定義されていないという問題です。「波動関数の収縮」のほうは、単なる数学上の現象で、サイコロの確率収縮と変わり無い。問題の中心でも何でもありません。
自分の書いていることをよく読んでみなさい。観測問題が「観測によって波動関数の収縮が起こると言うときにその観測が何であるかが定義されていないという問題」なのであれば、「波動関数の収縮」が観測問題の中心だと言ってるのと同じ事じゃないですか。
「観測」が何であるかが定義されていないと悩むのは「波動関数の収縮」が説明できない悩みがあるからなのですよ。そもそもコペンハーゲン解釈や多世界解釈などと複数の解釈があるのは、「波動関数の収縮」を上手く説明して悩みを解決したいという動機によるものです。ところがそれらの解釈が実験系で検証できない説明ばかりなので、悩みを解決するどころか問題をさらに混乱させてしまっているわけです。だから結局、究極の所、観測/解釈問題の中心は「波動関数の収縮」だというわけです。(繰り返し言っておきますが、このことは>>308の「本気で確率論的解釈を信じている人」云々という話ではありません。また、私はそれら「解釈自体」を比べあったりする事などにも興味はありません。sunsarさんはあるようですが)
観測/解釈問題に関してあまりにも話が噛み合わないので、あなたの主張の根拠となる学術的な資料をいくつか提示してもらえますか? (私は観測/解釈問題の中心は「波動関数の収縮」であるという学術的な資料に説得されています。よって、あなたのすべき事は、その信念を覆すような学術的な資料を示して私を説得する事です。英国在住なので、検証のためインターネット検索できるものにして下さい。そうでなければ引用をタイプして下さい)
sunsarさん
>きちんと量子力学を勉強したほうがよいでしょう。
You too.
>>333
>自分の書いていることをよく読んでみなさい。観測問題が「観測によって波動関数の収縮が起こると言うときにその観測が何であるかが定義されていないという問題」なのであれば、「波動関数の収縮」が観測問題の中心だと言ってるのと同じ事じゃないですか。
>「観測」が何であるかが定義されていないと悩むのは「波動関数の収縮」が説明できない悩みがあるからなのですよ。そもそもコペンハーゲン解釈や多世界解釈などと複数の解釈があるのは、「波動関数の収縮」を上手く説明して悩みを解決したいという動機によるものです。
違いますよ。
「波動関数の収縮がいつ起こるのかわからない」ということと、
「波動関数の収縮とは何かがわからない」ということは違います。
波動関数の収縮とは、確率的遷移です。
確率的遷移がいつ起こるか具体的に定式化できていないのが問題の中心であって、
確率的遷移が起こるということ自体が問題なのではありません。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110002072467/en/
は「大昔」のものですが、観測問題がどのような経緯で起こったものであるか、
また観測問題の内容そのものが定義されています。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006408565/en/
は、状態を表すものとして波動関数ではなく密度行列をとるべきだという趣旨の論文ですが、
(そういえば僕は以前なぜ波動関数のみを状態に対する対応として扱うのだと以前に述べましたが)、
不確定性原理といった確率的挙動を否定するものでもなく、
また状態という抽象的な存在を否定するものでもありません
(というより状態の記述に密度行列を使うべきだという主張であって、
むしろ肯定していることになりますが)。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006411172/en/
は、上記二つよりも新しい(といっても1996年の)ものですが、これを読めば
物理系をきちんと定義できた場合には「観測問題は解決する」ということもわかるでしょう。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006408563/en/
もそうですね。
まあ、こういう論文ばっかり挙げると、なんだか超準解析カルトみたいになってしまいますが…。
>>313
>かなり期待していたのですが、正直がっかりしました。何かオモシロイ話が出てくるかと思ったのですが。単に >>282 も >>285 も理解できなかっただけなんですね。だから、その直後に流れを変えようとしたのかな。
理解出来ないのなら出来ないでいいのですよ、無理して妙なレスをしなくても。
>言葉には、世間で通用している意味というものがあります。
keita語を使いたがる人に言われても。
>検証しようがあるかないかを、誰が検証しましたか?
実験検証できると言い張るなら、その実験の方法を説明して下さい。
>「観測」が定義できていないことが問題だというのに、そんなことを言い切ってよいのですか?
観測するには、観測される対象と観測するための電子や光子との反応が必要となります。
>>314>>315
>僕は「哲学的に考えてみる」=「コペンハーゲン解釈と多世界解釈のどちらが自然な解釈かを考えてみる」などとは全く考えていません。
しつこいですね。話が混乱したのは、あなたが「哲学」に全く無知であり、どんなに説明しても分かる気配さえないということが確信できましたので、もうそんなことはどうでもいいのです。今はあなたの「方程式をより厳密に解く方法を確立し、それらの予測の違いを明確にして観測すれば、具体的にどの解釈がより現実に適合しているかというのが分かります」という発言の検証をしている最中です。
>>多世界解釈がそのような方法で現実に適合しているかというのが分かるとでも?
>分かります。〜観測に観測者を織り込んでしまうような定式化のひとつです。
//この人(達)、言ってることがますます滅茶苦茶になっていっていく。トンデモに拘るのは彼ら自身がトンデモだったからなのだろうか// 「観測に観測者を織り込む」ということがどのように「多世界の存在やΨの分裂を実験によって確認できる」ことに繋がると思っているのですか? あなた自身が貼り付けたサイトもそんなことは不可能だと言ってますよ。あなたは量子力学が全く理解できていないようですね。
>たとえば、光を吸収した場合はエネルギーを吸収しますし、
エネルギーを「吸収した」モノは、エネルギーを「与えられた」のですよ。
>>不確定性原理はどうなるのかという質問にも答えてませんよ。
>不確定性原理はただの原理ですが。どうにもなりませんよ。不確定性原理は不確定性原理です。そこには何の奇妙な主張もありません。
?? どうにかせよとも、奇妙な主張があるとも言ってないのですが。不確定性原理があるのに、観測や計算の技術を向上させればその問題をなくせるとでも思っているのか、と聞いてるのです。とうとうこの線にも答えられなくなってしまったのですか? 何一つまともに答えられないのですね。
>それを試みようとする人に、まともに量子力学が理解できている人は少ない(教授レベルですら、量子論を専門としない人の主張はおかしいことがある)という事実を付け加えておきます。実際に、たとえばあなたは全く量子論が理解できていません。
ですから、>>260にも書いたように、どこがどのようにおかしいのかを論理的矛盾の存在か、事実との不整合の存在か、または学術的サイトで論証をバックアップすることで私を納得させなさい、しっかりとした論証をしなさいと何度も何度も言ってるのですが。しかし、あなたやkeitaさんのように、量子論の哲学的側面が理解できず読解力が低く非論理的な人達には、そんなことは無理だろうとほぼ確信できましたがね。
p.s.
>あなた自身が貼り付けたサイトもそんなことは不可能だと言ってますよ。
This does not mean サイトs in >>334.
I have not read them yet as I have no time at the moment.
>>336
>不確定性原理があるのに、観測や計算の技術を向上させればその問題をなくせるとでも思っているのか、と聞いてるのです。とうとうこの線にも答えられなくなってしまったのですか? 何一つまともに答えられないのですね。
不確定性原理の与えるような壁を越えるような観測や計算はできません。
しかし、それらの解釈の違いは不確定性原理によって阻まれるようなものではなく、
本当に数学的な違いがあるのですよ。
>>337
あなたが言っているのは、
http://www.a.phys.nagoya-u.ac.jp/~taka/think/kansoku.html
における
-----
さて、通常の物理的な測定では観測者はすでに十分制御された初期条件のもと に実験を行う。したがって、シュレーディンガー方程式の初期条件を知ってお り、観測されるときの量子力学的状態も計算される。その状態から観測値の確 率分布を知ることができる。そして、実際の観測結果と比べる。ここには、両 者の解釈の違いはどこにも入り込まない。コペンハーゲン解釈では実際に「波 束が収束」し、多世界解釈では見かけ上「波束が収束」する。どちらにしても われわれが観測結果を得ることには変わりなく、予言される観測値の確率分布 も同じである。すなわち、両者のどちらが正しいかを決める手だてはない。
-----
のことですか?でしたら、
-----
このような伝統的な測定を超える実験、観測が行われることは将来期待できる であろう。特に、現代宇宙論においては、宇宙はもともと非常に小さかったの であり、宇宙の創世時には宇宙全体が量子力学の原理に支配されていたと考え られる。そこではこれまでのような測定される対象と測定を行う観測者がもは や区別されない。人間の意識は宇宙の一部であり、宇宙全体は少なくとも過去 には量子力学的に振る舞っていた。その理解にはここで述べたような観測問題 の正しい理解が必要不可欠である。
-----
としっかりと書いてありますよ。
「解決」と「keita語」に関する経過
>>302 keita
>equilibriumさんの言う (>>294) 意味での『解釈問題』は既に解決済みで、
>アインシュタインのような古典期の学者はともかく、現代の(まともな)物理学者で
>それを問題だと考えている人はいないでしょう。
>コペンハーゲン解釈にせよ、多世界解釈にせよ、解釈は検証不能な「解釈」に過ぎず、
>どの解釈を採るかによって波動方程式が予言する内容に差は生じないので、
>解釈を問題にすること自体が無意味だ…というのが、その答えです。
>>304 equilibrium
>それは「解決した」とは言いません。
>>308 keita
>いいえ。それも立派な「解決」です。
>例えば、方程式を解けと言われて、その方程式の解が不定であることを示すことは、
>問題の完全な解決にないます。
>>311 equilibrium
>また始まった。ではあなたが勝手に「解決」と呼べばいいでしょう。
>どうしてもkeita語を使いたがる人とは話ができません。
>>313 keita
>「方程式を解けと言われて、その方程式の解が不定であることを示すことは、
>問題の完全な解決になります。」に同意できないのなら、
>話ができる相手は極めて限られてしまうでしょう。
>言葉には、世間で通用している意味というものがあります。
>>336 equilibrium
>keita語を使いたがる人に言われても。
どちらの言葉遣いが恣意的な俺言語であるかは、
こうして順に並べてみれば分かることですね。
「検証」に関する経過
>>302 keita
>それでも依然として、解釈を得たいという素朴な欲求は残ります。
>その意味での「解釈問題」は、(物理学上)確かに存在します。
>しかし、それを考察するためには、解釈の違いによって量子力学のする予言に差が生じるような、
>すなわち、解釈の真偽が検証可能になるような、実験系を見つけることが不可欠で、
>書斎で頭を捻ってどうこうなる問題ではありません。
>「解釈問題」は物理学の問題であって哲学の問題ではない…というのは、そういう意味です。
>>304 equilibrium
>私も「無益な論点」などは欲していないのです。また、どの解釈の方がどうであるといったアプローチにも興味は無いのです。
>何故なら、これらの解釈自体が検証可能になるような実験系を見つけることは不可能だからです。
>>308 keita
>それは、勇み足。その不可能性は「証明」されていません。
>現在のところ見つかっておらず、見つける目処も全く立っていないというだけです。
>>311 equilibrium
>また話がずれています。これらの「解釈自体」がと言ってるのですよ。
>特に多世界解釈は、他の世界があるかどうかなど検証のしようがありません。
>>313 keita
>検証しようがあるかないかを、誰が検証しましたか?
>分かっていることは、現在の量子力学では検証不能であるということだけです。
>>336 equilibrium
>実験検証できると言い張るなら、その実験の方法を説明して下さい。
これも、順に並べれば分かるように、
>>336の要求は、全く非論理的です。
私は、解釈の適否を検証する実験はまだ知られていないが、そのこと自体は
検証が不可能であることの証明にはならない…と言っているのです。
それに対して、検証実験を挙げろ?
論理学の初歩の初歩がわかっていないから、そんな頓珍漢なことを言うのです。
哲学以前に、初等教育の範囲から反省したほうがよろしい。
>>334
いつもこのように有益なレスをくれると嬉しいのですが、何百個の無駄レスのうちたった一つの有益レス、数ヶ月間にたった一回のヒットという割合では、ちょっと情けないですね。
話を分かりやすくするため、あなたの貼ったサイトページを貼った順に、334資料1、334資料2、334資料3、334資料4と名づけましょう。(念のため対応させておきます。334資料1=『量子力学における観測問題』)、334資料2=『観測問題およびEPR問題の盲点と量子力学論理の再構成』、334資料3=『物理学と超準解析II』、334資料4=『無限小解析と観測問題』)
>「波動関数の収縮がいつ起こるのかわからない」
334資料1にあるような、観測プロセスを各段階に分け、そのどの段階で波動関数の収縮が起こるのかを考えるというアプローチのことを言いたいようですね。「波動関数の収縮がいつ起こるのかわからない」とはつまり、「波動関数の収縮が観測プロセスのどの段階で起こるのかわからない」ということです。
しかし、少し考えれば分かるように、「いつ起こるのか」に着目する事は、波動関数の収縮を上手く説明しようとするためのアプローチの一つに過ぎません。つまり、「波動関数の収縮が観測問題の中心なのではなくて、波動関数の収縮がいつ起こるのかわからないのが観測問題の中心なのだ」と主張するのはあなたの注意深さが足りないからです。
334資料2もそのような、しかし、全く異なるアプローチの一つで、こちらは「波動関数」という考え方が問題の原因を作っているという分析により、そのような問題を生じない密度行列を状態記述の基本量に据えることを提案しています。
こういったアプローチの全ては、「波動関数の収縮」という問題の解決(整合的に説明づけることによる解決、或いは、問題の発生源を取り除くことによる解決、など)を目的としています。それはつまり、観測問題の中心とは結局「波動関数の収縮」なのだという証しなのです。
因みに334資料1では、「波動関数の収縮」を「波動関数の収縮」とは言わず、まず「(物理量Qの観測という手続きは、)状態関数が、固有関数の重ね合わせからその一つの固有関数への突然の移り変わりとして現れるという形で与えられています。(2ページ目左下)」と説明し、その後「突然の移り変わり」といった表現で通しています。因みにこの著者は今では支持者の少ないウイーグナーやフォンノイマン派のようですが、4つの資料の中では「観測」という行為について一番分かりやすく説明しているように思います。
>>341
>しかし、少し考えれば分かるように、「いつ起こるのか」に着目する事は、波動関数の収縮を上手く説明しようとするためのアプローチの一つに過ぎません。つまり、「波動関数の収縮が観測問題の中心なのではなくて、波動関数の収縮がいつ起こるのかわからないのが観測問題の中心なのだ」と主張するのはあなたの注意深さが足りないからです。
波動関数の収縮が「ない」というのは、現実的にありえません。
波動関数の収縮を
>「突然の移り変わり」といった表現で通しています。
というのは、僕がかつて>>262で主張した
>>>観測前における可能な全ての重なりあった状態から観測行為によって一つの状態を選び出しその他の状態は消滅したということです(コペンハーゲン解釈)。
>>というのは結構です。そして、その状態の遷移を波動関数の収縮と呼ぶのです。
と一致していますが、こうした確率的な予測はどのような理論であっても、
それが実験結果に基づくものであれば見出されるものです。
ところで、それらとは関係なく、実際に「いつ」確率的な遷移が起こっているのか、
ということはわかっていません。
それは、後述の「言い換え」をしたところで変わりがありません。
具体的には、多世界解釈のように密度行列で書いたところで、
「いつ」この世界に分岐しているのかということはわからない訳です。
多世界解釈の本質は、他に世界がたくさんあるということよりも
この世界が「決定的に」存在しているということにありますが、
その世界のひとつが選ばれるのがいつなのかというのが本質的な問題なのです。
波動関数の収縮を、世界間の干渉の喪失と呼んだところで、
結局問題は同じで「いつそれが起こっているか」なのです。
>334資料2もそのような、しかし、全く異なるアプローチの一つで、こちらは「波動関数」という考え方が問題の原因を作っているという分析により、そのような問題を生じない密度行列を状態記述の基本量に据えることを提案しています。
これは明確に誤りで、状態を波動関数でなく密度行列で記述したところで
結局のところ確率的遷移は生じて、状態Aが実現したとすれば
その後の状態は状態Aに即して記述されることになり、
結局波動関数の収縮と「同じこと」が起きていることになります。
量子論特有の確率的遷移が生じないといったことが論文に書いてありますが、
これは量子論的な状態遷移を古典的な状態遷移と同じように扱える
数学の形式が存在するということを主張しているだけで、
たとえば運動量と位置は同時に測定できない(同時に存在はしない)
といった主張に反するものではありません。
>多世界解釈のように密度行列で書いたところで
別に密度行列で記述されていたら直ちに多世界解釈だというわけではありませんが。
逆に、あなたはどうなれば観測の問題が解決すると考えているのかを教えてください。
僕は、物理学的な観測の問題について言及していますが、
あなたの考えている観測の問題が具体的にどういうことで、
またどうすれば解決するのか(具体的方法ではなく、たとえばもしこうなったら
それが解決した状態である、ということ)を教えてください。
こんにちは ここが本家本元か?多世界解釈の話って結構ワクワクしますね! 気に入らなければスルーして下さい。僕の読んだ書籍には「多世界解釈」の方が自然(?)な考え方だと書いてありました。お二人に質問です。「多世界解釈」ってこれからどう発展すると思いますか?
論理学を修めた人がこんなんだったら嫌だなぁ、と思いつつage。
日本の(理物の)大学の教育はそれなりに優秀で、東大の理物系の院卒は
かなり優秀だと評価されるという話を聞いたことがあるので(具体的なソースはありませんが)、
逆に海外でも、たとえば論理学を必修にしてみたところで、
結局教育になっていないという現状は変わらないのでしょうね。
>>346
>日本の(理物の)大学の教育はそれなりに優秀で、
>東大の理物系の院卒はかなり優秀だと評価される
>という話を聞いたことがあるので
ああ、それ東大の理物系の院卒の自画自賛ですよ。