今、している事が未来の人たちから、どういう評価を受けているか?
自分が死んだら自分の行動は、どう評価されているか?
そして、何千年か後にはどういう評価になっているか?
普通なら、身近な人が集まって、ちょっと「惜しい人でした」と言って
それから先には殆ど名前すらでない人生かもしれない。
しかし、未来に残る結果を出せた人間は、それだけで素晴らしい。
たとえ、誰も知覚することが出来ない成果であったとしても、
それが未来に続くものであれば、生きた価値は十分にあると言える。
続くというのは、たとえそれが滅びても、何らかの養分になればよいという事。
ある技術Kを開発したとする。
それが、ある特定の分野Aで使われて成果を出したとする。
しかし、その後、更に生産力のある技術Lに変わったとする。
ここで、技術Kは全くの無駄だったかといえば、そんなことは決してない。
そもそも、技術Kがなければ、分野Aが発達せず、技術Lが生まれなかった可能性もあるし、
技術Lが生まれたとしても、分野Aに対しての適用が遅れた可能性もある。
ある特定の個人が、成果を出したとしても、その名前が残らないのは
よくある事だし、今の世の中というのは、そうした名も残らぬ人たちの、
無数の仕事によって成り立っているのだ。
よって、名が残るというのは極めて稀となる。
しかし、名を残したいという欲というものは、結構エネルギーが出るもの
とにかく、動機はどうであれ目的意識を常に持ち付けて行動すれば、
大抵何らかの結果は出る。
人生は成果があって初めて評価される可能性が出るのだ。
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50997519.html
より、18歳の自分にアドバイスを贈れたら、
以上の説教と共にこの言葉を贈りたいと思います。
「無理はするな!真剣になれ!」
もっとも、今も昔も甘ったれの弱虫であった自分に、この言葉を言っても
ピンとはこないだろうなぁ・・・
適切な状況で、適切なことを言ってくれる師匠はいなかったが、
いなくても成長する奴は成長する。